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黒いオーケストラ

くろいおーけすとら

WWII末期、独裁体制からの解放を目指した反ヒトラー派のグループ。名称はゲシュタポから付けられたあだ名。主にドイツ国防軍の軍人や要職にある文官が参加し、極少数ではあるが親衛隊からの参加者もいる。いずれも、殆どの参加者が一族諸ともドイツ降伏間近に処刑された。
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概要



参加メンバーのベック上級大将が連合軍と連絡を取り、新政府樹立後の講和も模索していた。


※下記の参加者一覧には容疑者も併記した。

作戦成功後の新政府樹立計画

臨時政府の閣僚候補

大統領
ルートヴィヒ・ベック
→陸軍上級大将/参謀総長
首相
カール・ゲルデラー
ライプツィヒ市長
副首相
ヴィルヘルム・ロイシュナー
→ドイツ社会民主党
国会議長
パウル・レーベ
→ドイツ社会民主党
内務大臣
ユリウス・レーバー
→ドイツ社会民主党
orオイゲン・ボルツ
→ドイツ中央党
外務大臣
フリードリヒ・ヴェルナー・フォン・デア・シューレンブルク
→駐ソ連ドイツ大使
orウルリヒ・フォン・ハッセル
→駐イタリアドイツ大使
財務大臣
エヴァルト・レーザー
→ライプツィヒ副市長
国防大臣
フリードリヒ・オルブリヒト
→陸軍大将/国内予備軍副司令官/陸軍総司令部総務局長/ヴァルキリー作戦の発案
軍法会議 議長
ハンス・オスター
→陸軍少将/国防軍情報局(アプヴェーア)中央部部長(参謀長)
最高裁判所 裁判長
ハンス・コッホ
→教会関係者の反ナチス組織/告白教会のメンバー
復興大臣or無任所大臣
ベルンハルト・レッターハウス
→教会関係労働組織の指導者
経済大臣orライヒスバンク総裁
カール・ブレッシンク
→経済官僚
経済大臣
パウル・リューネ=ユンク
→ドイツ国家人民党
食糧大臣
アンドレアス・ヘルメス
→ドイツ中央党
法務大臣
ヨーゼフ・ヴィルマー
→ドイツ中央党


参加メンバー(軍人・軍関係者)

発案者

フリードリヒ・オルブリヒト
陸軍大将。国内予備軍副司令官。陸軍総司令部総務局長。本作戦の発案者。

実行者

クラウス・フォン・シュタウフェンベルク大佐
陸軍参謀大佐。国内予備軍参謀長。7月20日事件の首謀者。

将官

元帥

エルヴィン・ロンメル
陸軍元帥。アフリカ戦線での任の際、方針の違いからヒトラーからの離反が始まる。騎士道精神に則った戦いぶりと数々の勝利によって、敵味方双方から英雄視されいたため、公式には、傷が元の「名誉の戦死」と発表されたが、実際は反逆罪で毒による自殺を強要され、それを受諾。1950年のアメリカ映画「砂漠の鬼将軍」でも描かれた。
エルヴィン・フォン・ヴィッツレーベン
陸軍元帥。

上級大将

ルートヴィヒ・ベック
陸軍上級大将。参謀総長。
エーリヒ・ヘプナー
上級大将。

大〜小将

ヴィルヘルム・カナリス提督
海軍大将。表向きにはアプヴェーア(国防軍情報局)長官としてヒトラーを補佐する一方、点在していた反ヒトラー派のパイプ役となり、捕虜の解放などを秘密裏に行っていた。ドイツ降伏の僅か一ヶ月前に処刑されてしまう。
ハンス・パウル・オスター少将
陸軍少将。国防軍情報局中央部部長(参謀長)としてカナリス提督から招聘された。彼もカナリス提督同様、処刑されてしまう。
ヘルムート・フォン・モルトケ
国防軍情報局勤務。クライザウ・グループ(英:Kreisau Circle)の中心人物。
カール・フォン・シュテュルプナーゲル
陸軍大将。パリ軍政長官。
エーリッヒ・フェルギーベル
陸軍通信兵大将。
エドゥアルト・ヴァーグナー
陸軍砲兵大将。陸軍主計総監。
カール・フォン・チュンゲン
陸軍大将。
パウル・フォン・ハーゼ
陸軍中将。ベルリン防衛軍司令官。
ヘニング・フォン・トレスコウ
陸軍少将。
ヘルムート・シュティーフ
陸軍少将。

佐官

アルブレヒト・フォン・クイルンハイム
陸軍大佐。国内予備軍参謀。

尉官

ヴェルナー・フォン・ヘフテン中尉
陸軍中尉。シュタウフェンベルク大佐の副官であり事件の加担者。
ファビアン・フォン・シュラーブレンドルフ
陸軍中尉。トレスコウの副官で、計画参加者の中で、戦後まで生き延びた数少ない人々のうちの一人。

SS(親衛隊)

アルトゥール・ネーベ
親衛隊中将/警察中将

文官

カール・ゲルデラー市長
ライプツィヒ市長。
ハンス・フォン・ドーナーニ
法律家。
ウルリヒ・フォン・ハッセル
駐伊ドイツ大使。
ディートリヒ・ボンヘッファー
神学者。
ハンス・ベルント・ギゼウィウス
外交官。駐チューリッヒドイツ総領事。


関連タグ

民主化

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