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60系客車

ろくじゅっけいきゃくしゃ

60系客車とは日本国鉄が木造客車を改造して製作した鋼体客車である。
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概要

 国鉄が1949年から木造客車を改造して鋼製客車とした客車の形式群。このグループを総称する形で「鋼体化改造車」とも呼ぶ。
改造種車の台枠はごく一部の三軸ボギー車を除くと全て17m級の長さしかなく、足りない3m分は車歴上引き継がれない別の17m車から切り継いで補っている※(断面が共通のため可能だった)。
当初登場したオハ60は木造車並の狭窓3連1組という窓配置であるが、これは「安全上鋼製にする」とCTSを説得した手前、広窓(オハ61)では「結局オハ35のような客車を作るのではないか?」と止められる恐れがあったため。工事進捗後、「工数が減らせる」という理由をつけ広窓に移行した。
※この名残が、長形台枠車の台車中心間距離14176mmという一見半端な数値に如実に現れている。
長形台枠車の17m車時代は14176-3000=11176mm=440インチ(36フィート8インチ)である(トラス棒がついた長形台枠の木造車が制作されていた時期は全てフィート・インチ制で設計されていた。例外として、魚腹台枠をもつ、オハ31系の直前に制作されたグループのみ作図・製造共メートル法へ移行していたため、100mm以下の端数を省いた11000mm(鋼製20m化後は14000mm)である)。
新製車であるスハ32系~スハ43系、10系座席車ではいずれもこの数値は14000mmで、それを上回る数値は車体が更に伸びた20系・12系~24系などでしか使われていない。

背景

CTS(GHQの鉄道管理部門・民間運輸局Civil Transportation Section)は接収優等客車(所謂連合軍白帯車)や新規優等車(マイネ40など)の調達にばかり躍起になっており、極端に不足している三等車の増備になかなか許可を出さなかった(そればかりか白帯車の内かなりの割合で鋼製三等車から接収し格上げ改造したものがある)。しかし1947年の八高線の脱線大破事故(木造車ゆえ当該車は台枠上が全て粉砕)から国鉄は木造車の淘汰を決定。説得材料として事故写真や木造車の現物を見せた結果、改造であればOKとなった。

老朽化や合理化による車両余剰、さらに後継客車の登場により国鉄末期までに大半の車両が廃車されたが、後述する一部の改造車がJR西日本に引き継がれ、(保存目的でない)一般営業用旧型客車としての日本最後の運用についていた。
またお座敷客車に改造後にJR東日本へ引き継がれた車両も存在した。

動態保存車が2両存在するが、いずれも本グループの中心(普通列車向けの詰め込み設計)から外れた、優等列車用3等荷物合造車(オハニ36)である。


形式

その成立の経緯から、極少数の優等車両を除くと、ほかは全て3等車(→普通車)である。

普通車グループ

オハ60・オハフ60

最初に登場したグループ。700mm幅窓を3個一組で使う、木造車・オハ31系を思わせる窓配置であるが、これは工事を差し止めさせないための一種のカモフラージュ。
元々設計陣の本命は広窓のオハ61相当の車両であったが、それでもこの狭窓グループも400両弱の大所帯である。窓の横寸が近いだけで、実際には窓は全くの新造品である。

オハ・オハフ・スハニ(→オハニ)61/62ほか

基幹形式の一群。北海道向け二重窓の車両は形式を62とした。
本州以南用荷物合造車のみ途中から重量等級が下がって形式記号がスハニ→オハニと変化しているが、これは荷重を1t減らすことで(5t→4t)重量等級を一つ下げて編成両数の制限を喰らいにくくしたため。耐寒装備で元々重い北海道向けでは更に荷重を減量せねばならず意味が薄いため5t積みのスハニのままであり続けた。
スハニ64はオハニ61の電気暖房装備車。

オハニ63→オハニ36・スハニ37

優等列車の三等車として製造された特異例。荷重は61形式同様4t。車体の設備面だけで言えばスハ43系に属するとも言いうる。
当初は改造と同時にTR23に履き替えさせて出場する予定であったが、調達できなかったため種車(名義上の台枠拠出車)のTR11をそのまま使用。後年、10系客車のものを母体とするTR52に交換、形式を鋼体化改造車らしからぬ「オハニ36」とした。現在動態保存されている2両はいずれもこのオハニ36。
スハニ37は東北・北陸など電気暖房を使う線区に於いて電気暖房用設備を追加した結果、重量等級の境を超えてしまったため改形式したもの。

通勤車グループ

オハ63

オハ60の全ロングシート改造車。但しデッキは種車通り2つだけのため、乗り降りが早いか・・・というとそうではない。

オハ64・オハフ64

同様にオハ61・オハフ61を改造した・・・・のが当初の姿だったが、運行区間が和田岬線のため数年後に片側だけ横引き戸を増設、当初車体両側にあったロングシートは元々申し訳程度の短いものだったのが増設ドアの反対側だけとなりそれも更に短縮、あとは全て立ち席スペースという極端な仕様となった車両。もちろん旧客なので増設横引き戸も含めドアは全て手動である。
元のTR11では心皿荷重に余裕がない、とされTR23に取り換えられたが、時速75km/h以下では乗り心地に大した差はない上、TR11は派生形式の大荷重形TR12に容易に改造可能なため(車軸の設計荷重が10t・12tと異なるのみで交換するだけ)、そういう選択肢が採られなかった経緯は不明。
これが民営化後・平成の世になるまでドア開けっ放しで走っていた。
1990年に同じく和田岬線仕様に改造されたキハ35系に置き換えられる形で引退、これにより保存目的を除く一般営業としての旧型客車の運行は全て終了した。

優等車グループ

製造時点から優等車の2形式も、戦後の混乱を反映したものである。なお、計画にとどまったが、並ロと思しき合造車、オロハ61という形式名称が伝わっている。

スロ60・50(←61)

スロ60は、急遽オハ60の資材を転用した台枠・車体用鋼材に進駐軍・CTSの要求するリクライニングシートを装備して速成した特別2等車(→グリーン車)
スロ50は増備車であるが、新製車の予算枠を用意したものの結局入札が成立せず、やむを得ず国鉄工場で自製するとき鋼体化客車用の資材(=木造車の部品)を用いたもの。落成時点では資材の出処を反映した61形式で「改造」の銘板を持っていたが、CTSから指摘を受けかねないため、形式を50に改め銘板も「新造」としたもの。
シートピッチはスロ60が1250mm、スロ50が1100mm。メートル法で丸めているとはいえ、アメリカの規格が原型にあるためそれぞれ近いインチ数(49インチ・44インチ)が基準という推測がつく。シートピッチの縮小分(150mm)に対し、スロ50~52の窓は大変幅が狭くなっている(1000mm→700mmと300mm減)のが特徴的であるが、年次の近い客車の窓幅は600mm・700mm・1000mm・1200mmしかなく(電車用では800mmも存在するのだが)、適切な開口幅を得られなかったため大変にアンバランスな外観を呈している。これは当時の板ガラスの規格が偶数インチ刻み(50.8mmごと)であったため、選択肢が狭かったことが理由として挙げられる。
当初設計のリクライニングシートは車体幅2800mm(内幅2600mm)に押し込むため回転中心が旋回時移動するなどの機構を持っていたことが、次のオロ61形式の誕生のきっかけとなる。

オロ・オロフ61→スロ・スロフ62

格上げ改造による急行用グリーン車。原型はオハ61で、殆どは電気暖房付き急行用グリーン車として製作された。既存のスロ60などでの電気暖房化が回転部分の構造に由来し費用的に難しいとされた時期、座席の構造がよりシンプルな軽量客車と同じ座席を用いて電気暖房を併設(スロ60ほかの座席をこれに取り換えた場合も、結局はオロ61の改造と大差ない金額になってしまうことも、既存車の電暖化が難しいという理由である)。加えて交換した台車の重量が特に軽いTR50系のため両数の制限を受けにくく、山岳線区で重宝した。但しそうした線区は軒並み寒冷地のため、改装の際内装板も新建材系の耐寒性能の低いものに変えてしまったことが、難点として現れることもあった。
のちに冷房を装備した結果重量等級は一つ上がってしまい、スハ43系のスロ54と同程度の重さになったが、後年まで生き残った旧型客車のグリーン車である。

スロ・スロフ81

スロ62等を改造したお座敷客車。旧水戸管理局に所属していた編成がJR東日本水戸支社へ引き継がれ、後に「ふれあい」という愛称がついた。
こちらも旧型お座敷客車としての最後を飾り、上記の和田岬線と同じく1990年に引退している。

荷物車

マニ60

当初より荷物車のグループ

側窓の寸法はいずれも700mm。
種車は台枠の形状から大型の水タンクが床下に取り付けにくいため旅客車に向かない、魚腹台枠の客車が多く用いられている(勿論普通の長形台枠のものも多数ある)。
魚腹台枠車は木造車では最後期のグループのため、実は車齢も若く昭和になってから落成したものも混じる。
魚腹台枠車といえど乗務員用にトイレとそのための水タンクが小さいながらも存在し、取り付け方は台枠に干渉しないように工夫されている。

他形式から改造のグループ

オハニ61など、60系という以外共通項のない荷物合造車・郵便荷物合造車など国鉄所有車の車種変更改造で増備された一群。そのため、元客室部分だった窓には1m幅のものが残ることがある。

マニ61

マニ60の装備するTR11・12では20m級車両として高速走行するとピッチングが激しく、荷痛みがひどくなったため、TR23など軸ばね台車に交換したもの。

ギャラリー

60系客車 三等車
60系客車 郵便・荷物車



関連項目

 鉄道 客車 旧客

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