概要
リクライニングシートは、第2次世界大戦後、進駐軍(米軍)の要求により当時の国鉄の2等車に導入されることとなった座席形式の一つである。
鉄道・高速バス・航空機などの席のほか、理美容院などの椅子もこれにあたる。
和訳として、「自在腰掛」という名が付けられた時期もあったが、「自在」の語に反して当初の角度の選択肢は5段階程度(所与と最大傾斜の間にはもう3つあるだけ)、360°どの向きに向けてもいいわけではなく(当初そういう誤解があった)、転向に際し360°ほど回る、というだけである。
経緯
戦後進駐軍は大量の優等車両を接収したものの、その接客設備は使用前提が異なることから必ずしもアメリカ人の利用に適したものではなかった。
特に2等車は、近距離であればそのままでよしとされたが、中長距離列車に固定式または転換式のクロスシート(シートピッチ:固定式:1800~2000mm弱、転換式:各列1m弱、都合定員64人/20m車1両)は、平均身長が当時より180cmを超すアメリカ人(白人系)にはいささか窮屈とされた。
(同じく白人であるヨーロッパ系ロシア人の体格がベースとなる、戦後のサハリン向け長距離座席客車は、並ロ同等の転換クロスシートながらシートピッチが1,180mmと広く、後述の通りリクライニング式グリーン車とほぼ同じである)
高級将校は接収した上で豪華な改装を施した専用列車に乗るものの、それ以外(士官以下;おそらくは尉官・佐官が主体であろう)は接収しただけで設備がそのまま、あるいは日本人も利用できる優等車両に混乗するので、改善を要求したのである。(逆に階級が下の方の兵士たちの輸送に、接収した3等車(今の普通車)が用いられることもあり、接収後もそのまま3等車として使われた車両もある)。
また、夜行列車の寝台車代用という側面もあり、要望されたのであった。
結果出来上がったのがリクライニングシート付き2等車である。
仕様や期限の関係で、当時改造中であった木造車の台枠などの手持ち資材を転用して、最初からリクライニングシート向けの車体を持つ車両として作られた。これがトップバッターであるスロ60である。
回転式のリクライニングシートでかつアメリカ人の体格も前提にしているため座席がゆったりしたほか、トイレ・洗面所も男女別とされた。
手荷物室・トイレ及び洗面所2組・車掌(給仕)室を付け片デッキで構成して、11列定員は44人となった。シートピッチとしては1,250mmとなる。
このシートピッチ寸法は何度かの試行錯誤の末、最終的に特急グリーン車としては1,160mmが一応の標準となった。
アメリカ人の利用を前提にしているため、トイレは言うまでもなく洋式であるが、当時の日本人は洋式トイレにほとんど慣れておらず、今と違ってこれだけは不評であった(うまく使えずよく汚した、というから、おそらくは洋式便器の便座か本体頂部に、しゃがんだのであろう。のち男女別から片方を洋式、他方を和式に変え、後年登場の急行用キハ58系では、グリーン車も和式のみになった)。
あまりの従来の車との水準の差に、当時の国鉄は「1等車(いうなればグランクラスか)」に指定替えを試みたが、「要望したのは2等車だ」と撥ね付けられ、結局別途特別料金を取る2等車として「特別2等車」になった。
注)当時の国鉄は相当経営が厳しかったのは言うまでもないが、米軍は当時「2等級制にしろ」という趣旨の要求をしたことがある。
内容としては、「3等を廃止して今の2等運賃を基準額とした2等級制にしろ」というものであった。富裕層は別として平均的な(富裕層も含め総じて貧乏と言えば貧乏だが)日本人の懐具合ではそんなものに乗れるわけもなく「1等を廃止して特等と普通なら出来るが、それは不可能だ」と珍しく突っぱねている。
なおこの特別料金は急行に供する場合は取られたが、特急は2等車の運賃と特急料金で乗車可能であった(尤も特急自体当時としては贅沢な移動手段であるが)。
経緯はともかく、最終的に出来上がったものは日本人客からも歓迎される内容となり、戦後の長距離2等車(のちグリーン車)の標準となった。
現在では新幹線など特急の普通車も、角度こそ控えられているが殆どがフリーストップ式(角度に関しては範囲内で文字通り自在)リクライニングシートである。
その他の交通機関にて
航空機や高速バスでもリクライニングシートは一般的である。
しかしながら前後の座席間隔がとりわけ狭く(大手航空会社でも普通席なら800mm程度)、おまけに採算のために最低でも6割以上は搭乗してもらうことが目標となる航空機分野では他の交通機関以上に「リクライニングによる前後の乗客トラブル」が発生しやすい。
おまけに航空機では離着陸前後は安全のためリクライニングを元に戻す必要があり、このことから特に国内線の普通席ではリクライニングが使用されにくい傾向にある。
このため、近年流行りつつあるLCCを中心にリクライニング機能が廃止されたり、一方大手キャリアでは自席を前にスライドさせて後ろ側は障壁により倒れてこないようにするバックシェル構造を採用する会社もある。
一方(特に国際線の)上級クラスでは1980年代には既に1,200mmを越える座席間隔を導入し、21世紀ともなるとビジネスクラスで1,500~1,900mm、ファーストクラスともなると2,000mmを越える座席も当たり前となってきた。これらの会社ではリクライニング角度も深く、130°~150°以上のものが殆どであり、更に今日では完全に水平にまで倒れベッドポジションに移行する「フルフラットシート」が当たり前になっている。
バスにおいては、特に車内泊が基本となる夜行高速バスではほぼ必須の設備である(補助席を除く)。とりわけプレミアム価格帯のバスでは航空機の上級クラスを参考に大きな座席間隔と間取りを利用した大型かつリクライニング角度の深い座席を採用することが多い。
しかしながらバスでは未だフルフラットシートは実現していない。法規制上全長が12m以内、加えて運転席周りを除けば11m以下の縦空間しかないバスでは、成人男性の身長を抱え込めるフルフラットシートを採用すると僅か5列分の座席しか設置出来ないためである(国内でもっとも余裕のあるバス車両では5~6列に抑え込んだものも存在するが、トイレ設置のためフルフラットは実現していない)。
また、これも法規制で夜行バスには寝台を導入することが不可能であることも関係している(一応、座席のシートベルトを常時着用しリクライニングの延長としてフルフラット化を実現することは法律上規制されていないと思われる→道路交通法第71条の3では角度は指定していない、なお前方すり抜けの発生するサブマリン現象はフルフラットで無くてもリクライニング角度によって発生しかねないので、法規制云々がフルフラットのみに適用されるとは考えにくい。ただし「寝台禁止」の法規制が出来たのは60年近く前、北海道で長距離夜行バスに寝台車を導入しようと試作したが当時のサスペンション技術と道路事情では極めて横転しやすく、危険と判断されたものがそのままになっているためである)。
なお、これらの規制は日本におけるものであり、例えば中国では2段寝台を備えた寝台バスが実際に走行している。
フェリーをはじめ船舶では最大客室空間がどの交通機関よりも大きくなるため、一般に長距離線ではホテル並みの設備を備えた個室が採用されており、下位等級でも寝台を利用することが一般である。
しかし客室空間が小さくなる高速船をはじめ中短距離で利用される船舶では、やはり客席にリクライニングシートを備えたものが運用されている。