アイテム番号:4936
オブジェクトクラス:Euclid
メタタイトル:夏休み🦀
概要
SCP-4936は、黄道十二星座の一つであるかに座に位置する最も明るい星、かに座ベータ星として知られる異常存在である。SCP-4936はあらゆる短尾下目(一般的には「カニ」として知られる生物)を体現する概念物理学的存在であると考えられている。
まあ、簡単に言ってしまえばカニの神である。
こいつの異常特性は、SCP-4936がとるあらゆる行動、及び外的干渉が世界中のカニ一匹のこらずに影響を与えるという点だ。つまり、SCP-4936を無力化してしまうと世界中のカニが絶滅してしまう可能性がある。
更に、SCP-4936は物理的なカニとして地球を訪れる渡り行動を毎年夏に実施し、この期間中、SCP-4936は地球上の海岸で非異常なカニのような活動を行う。どうやら擬態するカニはシオマネキがお気に入りらしい。ズワイガニとかじゃあなくてよかったね。因みにSCP-4936との意思疎通に関してはとある一例を除いて全く進展がない。
行動パターン
SCP-4936は渡り行動中に以下のサイクルを繰り返す。
- 地球到達
毎年夏になるとSCP-4936は非異常なカニの姿で大気圏下層に出現し、海岸近くの海へと落下する。
- 上陸
海岸に上陸後、営巣地となる砂浜を見つける。自身を砂に埋め、日中は眠る。
- 夜間活動
夜になると浜辺を探索し、他のカニと交流する。
- 帰還
夏季の終わり頃、SCP-4936は地球を離れ、かに座ベータ星としての状態に戻る。
特別収容プロトコル
- 遠隔監視
SCP-4936の活動監視は、財団の概念物理学部門と天文現象課の合同機動部隊ファイ-4 (“ゾディアック・ハンターズ”) が担当する。夏季には地球へ移動する兆候がないか監視され、移動が確認されると地球上の到着地点が特定される。
- 保護
SCP-4936が地球上にいる間、地元住民や海水浴客との接触を最小限にするため、対象の遠隔護衛が実施される。また、かに座ベータ星が消失したことを隠蔽するために選択的報道管制が有効化される。
- カニの絶滅対策
全てのカニが異常影響を受ける可能性を考慮し、大規模なカニの絶滅が発生した場合のプロトコルが現在起草中である。
発見&最初の接触(補遺.4936.1)
2012年6月19日、天文現象課は、かに座ベータ星が消失していることを発見、直ちに調査を開始した。すると、概念物理学部門が、ベータ星からのストレイヤー放射線がギリシャのナヴァイオ海岸に照射されていることを突き止め、更にその海岸のすべてのカニが一匹のタイセイヨウヌマチシオマネキと全く同じ行動をとっていることを発見。評議会はすぐさま動物収用チームをその場に派遣した。しかし、これについて概念物理学部門は猛反発、抗議の文書をO5評議会に送った。以下がその文書である。
2012/06/19に概念物理学部門から監督評議会に提出された要請
即時収容中止願
序: 2012/06/19、天文現象課はかに座ベータ星の位置を特定できませんでした。星の消失を隠蔽するため、監督評議会は直ちに選択的報道管制を発令しました。
一方、概念物理学部門は、地球とかに座ベータ星のかつての位置を結ぶストレイヤー放射線に着目しました。スペシャリストたちは2天体間の経路をギリシャのナヴァイオ海岸まで辿り、無害な量の宇宙線及びストレイヤー放射線を放つ1匹のタイセイヨウヌマチシオマネキ (Uca pugnax) を発見しました。
概念物理学部門の報告に対して、評議会は不当な武力示威を行い、1時間以内に3組の動物収容チームをナヴァイオ海岸へ派遣しました。これらのチームが撤退するまで、当部門はカニへの接触を阻止し続ける所存です。
要請: カニの収容に派遣されたチームを撤退させてください。このカニが当部門の推測通りに概念物理学アノマリーであったならば、財団は生きている全てのカニを概念的に収容してしまうリスクを背負っています — その具体的な結果は不明ですが、ほぼ確実に好ましくありません。
O5-3、止めてください。 確かに星は消えましたが、あなたの今の懸念は非常に地球本位のもので
す。
この通達の後、進展の確認及び概念物理学部門との交渉のためにO5-3が自らナヴァイオ海岸に向かった。以下は、その映像記録の一部を書き起こしたものである。
<記録開始>
[輸送ヘリコプターがローターブレードの回転音を響かせながら、ナヴァイオ海岸に向かって降下する。O5-3はシャツに組み込まれたカメラから指を離し、身体からハーネスを外そうとする。O5-3は窓の外に目を向け、漆黒の夜闇に浮かび上がる砂浜に立つジュヌヴィエーヴ博士を見る。]
O5-3: フォード、ここで降ろしてくれ。キャンベル、スミス、どうやらアルバが出迎えてくれるようだ。用意を。
[フォードは操縦席からO5-3に親指を立て、O5-3はそれに応えて頷く。輸送機は浜辺へ降下し、間に合わせの滑走路に着陸する。キャンベルとO5-3が同時にドアの握りに手を伸ばす。両者の手がドアの握りで触れ合うと、大きな音を立てて空気が弾ける。キャンベルはたじろぎ、素早く手を引き戻す。]
キャンベル: 失礼いたしました。二度と無いように心掛けます。
[O5-3は返答しない。O5-3がドアを開けて滑走路に降りると、ブーツの一部が砂に沈み込む。ジュヌヴィエーヴ博士がO5-3へと大股に歩み寄り、O5-3は手を差し出す。]
O5-3: アルバ。
ジュヌヴィエーヴ: エメリー。
[ジュヌヴィエーヴ博士はO5-3と握手するが、明らかに顔をしかめている。]
ジュヌヴィエーヴ: 一緒に来てください。見せたいものがあります。
O5-3: もし話し合いの場を移すなら、警護部隊に同伴してもらう必要がある。
ジュヌヴィエーヴ: お望みなら彼らもご一緒に。
[ジュヌヴィエーヴ博士は背を向け、海岸線に沿って歩き始める。O5-3はキャンベルとルイスに付いてくるように合図し、彼女の後を追い始める。長い沈黙が続く。]
O5-3: ところで… 君の要請を読ませてもらった。
ジュヌヴィエーヴ: 本当にそうであってほしいものです。理解できましたか?
O5-3: ああ… 後半を除けばね。“概念物理学”の辺りは多分、どういうものなのか改めて説明してもらえると助かる。
[ジュヌヴィエーヴ博士は立ち止まり、身を翻してO5-3と向かい合う。顔つきが更に険しくなっている。]
ジュヌヴィエーヴ: エメリー、生涯を捧げてきた分野について講義できるのは光栄ですが、あのメッセージから読み取ってほしかったのは、そんな事ではありません。私の頭越しに指示を飛ばしたのが問題なんです、エメリー。あなたはそのせいで危うくヴェールを破りかけたんですよ。
O5-3: 星が1つ消えたんだ、アルバ。何か手を打つ必要があった。
ジュヌヴィエーヴ: もし報告書を理解したなら、星が見つかったと分かるはずです。さぁ、着きました。
O5-3: あれが…
ジュヌヴィエーヴ: その通り。
[O5-3のカメラの位置が動き、浜辺にいる1匹のシオマネキに焦点を合わせる。シオマネキは2人の財団職員を観察しているようである。ジュヌヴィエーヴ博士は携帯機器をベルトから抜き取り、O5-3に手渡す。]
ジュヌヴィエーヴ: ほら、信じられないならどうぞ。横のスイッチを入れて、左上の数値を見てください。
[O5-3は指示通りに機器を操作し、カニに近付ける。]
O5-3: うーん。スタックオーバーフロー・エラーを起こしたぞ。これは正常な動作か?
[O5-3はジュヌヴィエーヴ博士に機器を返し、彼女はプロセスを繰り返す。カニは眼柄を回転させ、片方の爪でプラスチックケースを挟む。]
ジュヌヴィエーヴ: 私が操作すると上手くいきますね。あなたの… 所謂“O5フィールド”… それが恐らく干渉しているんでしょう。
[カニは砂浜から跳び上がり、ジュヌヴィエーヴ博士の手を挟んでから着地する。カニが勝ち誇ったように爪を鳴らす中、ジュヌヴィエーヴは悪態を吐き、ベルトに機器を戻す。]
ジュヌヴィエーヴ: クソッ! ちょこまかしやがって。
O5-3: ところで、私が今では監督者なのを思い出してもらいたい。君は呆れるほどあっさりとそれを忘れてしまったようだ。
[ジュヌヴィエーヴ博士はO5-3のいる方に向かって、軽くあしらうように手を振る。]
ジュヌヴィエーヴ: そうですね、おめでとうございます。さぁ、見てください。それと右側にいるカニたちからも目を離さないように。
[O5-3のカメラ視点が動いて、近くの岩の上にいるカニの集団を映した後、シオマネキに戻る。ジュヌヴィエーヴ博士はシオマネキに手を差し伸べる。シオマネキはゆっくりと近寄り、大きい方の爪でジュヌヴィエーヴ博士の指先を挟む素振りを真似るが、最終的には彼女の指関節に甲羅を押し当てる。ジュヌヴィエーヴ博士はシオマネキの甲羅の背面を撫で始め、シオマネキは眼柄を旋回させ続ける。]
O5-3: アルバ、それは本当に大丈夫なん —
[O5-3のカメラが急に動き、岩の上にいるカニの集団が一斉にシオマネキと同じ反応を示している — 宙に身体を擦り付けるようにリズミカルに動き、眼柄を旋回させている — のを明らかにする。突然カニたちが動きを止め、O5-3のカメラ視点が振り返って、ジュヌヴィエーヴ博士がシオマネキから手を引き戻すのを映す。]
O5-3: そんな — そんな事をすべきではなかったぞ。君の報告書が正確だとすれば、世界中のカニが —
ジュヌヴィエーヴ: もし問題になったら評議会が何とかして解決するでしょう、エメリー。
O5-3: アルバ、もういい。言いたい事は良く分かった。そのカニを自由に徘徊させろと言うなら、そうしようじゃないか。
ジュヌヴィエーヴ: それは… 論点が違います。これが何なのか分かってないようですね。
[画面外で波の打ち寄せる大きな音が聞こえ、砕けた波がシオマネキの脚を擦る。シオマネキは2人の財団職員から小走りに離れていき、O5-3は苛立たしげに浜辺を歩き回り始める。]
O5-3: あれはかに座ベータ星だ。星だ。ある種のカニの神だ。君がそれを強く印象付けたんだぞ。
[ジュヌヴィエーヴ博士は溜め息を吐き、キャンベルとルイスに顔を向ける。]
ジュヌヴィエーヴ: もう少し私と一緒に歩きましょうか。警護部隊には下がっていろと伝えてください。プロトコル違反なのは分かっていますが、そもそもプロトコルのせいでここまでややこしい状況になったんでしょう?
[O5-3はキャンベルとルイスに滑走路へ戻るよう合図する。警護部隊が確認を求めた後、O5-3は改めて合図を送り、部隊は去る。O5-3とジュヌヴィエーヴ博士はシオマネキを追って再び歩き始める。]
ジュヌヴィエーヴ: ここには古い貿易船があります、エメリー。名前はMV パナヨティス号。1937年にスコットランド人の手で建造され、'64年にギリシャ人に売却され、'80年にアルバニアへ向かう途中でこの浜辺に座礁しました。どうも私たちの小さな友はあの船に心惹かれているようです。
O5-3: あれに知性が無いのを願うよ。
[ジュヌヴィエーヴ博士は溜め息を吐く。]
ジュヌヴィエーヴ: 今のは聞かなかったことにします。要点は、パナヨティス号は1980年当時、アルバニアに向かって貴重な貨物を運搬していたということです。しかし、嵐があまりにも激しく、エンジンが故障して、船はこの浜辺に打ち上げられました。そして夜が来ると、パナヨティス号は略奪され、乗組員に見捨てられました。
[錆びついたMVパナヨティス号の残骸が見えてくると、シオマネキは砂浜に刺さった金属片に近寄る。シオマネキは爪で金属片を突き、“カラン”という静かな金属音を立てる。シオマネキは歓喜して跳び上がる様子を見せ、金属片を更に3回叩いてから小走りに離れる。O5-3とジュヌヴィエーヴ博士は共に廃船の傍で立ち止まる。]
ジュヌヴィエーヴ: 世界一悲しい出来事だと思いませんか? 40年も海を渡って来た船が、骨抜きにされ、搾取され、ありきたりなスクラップの山と同じように捨てられたなんて。
[ジュヌヴィエーヴ博士は唐突に屈み、通り過ぎようとしたシオマネキを掬い上げる。シオマネキはジュヌヴィエーヴ博士の掌の中でO5-3に向き合い、爪を差し出してじゃれるように打ち鳴らす。O5-3は小さく唸る。]
O5-3: 手に取っても… 構わないか?
ジュヌヴィエーヴ: 場合に依りますね。私があれやこれやと動いたのは、このカニが何にも増して保護を必要としていると訴えるためです。捕獲したり、利用したりするようなものではありません。今あるがままの姿で美しく、護るに値します。
O5-3: カニを手に取っても構わないか、アルバ?
ジュヌヴィエーヴ: この船から略奪しないでください、エメリー。今回ばかりは。
[O5-3は聞こえるほど大きな溜め息を吐き、MVパナヨティス号の残骸を振り返る。]
O5-3: しないさ。近頃は幾つかの… 進展があって、私の心に重くのしかかっている。今何をすべきかは分かっているつもりだよ。
ジュヌヴィエーヴ: ありがとうございます、エメリー。
[ジュヌヴィエーヴ博士はカニをO5-3に手渡し、O5-3は手を椀の形にして受け取る。カニはO5-3を物珍しそうに見上げた後、掌の上で落ち着く。O5-3はカニを撫で始め、肩の緊張がほぐれる。]
O5-3: どうやら… 私のことが好きらしい。
ジュヌヴィエーヴ: ああ、その通りだと思いますよ。きっと自分を傷付けたりしないと分かるんでしょう。
[O5-3はカニを足元の地面に降ろす。カニはジュヌヴィエーヴ博士とO5-3を見上げ、両者を共に視界に収めるために後ずさりした後、眼柄を旋回させて向きを変える。カニが小走りに廃船へと近づく中、O5-3が咳払いする。]
O5-3: さようなら、旅行者よ。
ジュヌヴィエーヴ: さようなら。
[長い沈黙があり、波の音は薄れ、海は沈みゆく月の光に照らされている。]
O5-3: なぁ、もしかしたらあいつを船に近付けるのはマズいんじゃないか。かなりガタがきていそうだ、万が一の事があれば —
ジュヌヴィエーヴ: ええ、私もちょうど同じ事を考えていました。
ジュヌヴィエーヴ博士と共に走ってカニを追いながら、O5-3はカメラに手を伸ばし、録画スイッチを切る。
<記録終了>
か わ い い ね ぇ
監督評議会の総意(補遺.4936.2)
財団の監督評議会は、SCP-4936を保護対象として扱う方針を承認した。議論の中で、次の結論が得られた。
- SCP-4936を無理に収容することは全てのカニを巻き込む大規模な異常事態を引き起こす可能性があるため、現状維持が最善である。
- 将来的に発生する可能性のあるXK-クラスシナリオに備え、SCP-4936を保護するための改良型異次元収容チャンバーが建設される。
以下は、監督評議会で作成されたSCP-4936に関する処置をまとめた文書である。
監督評議会代表団
日付: 2012/07/03
先行審議: 3時間
関係者: 監督評議会員13名、倫理委員会連絡員3名、概念物理学部門代表者1名
前文
財団訓令アルファ-3 (“保護”) は、XK-クラスシナリオの発生時に、生命及び/または現実の保全を義務付けるものである。本訓令の指針となる懸念事項の階層構造は、地球上の各生物種の保全を訓令アルファ-3におけるΣ-レベル優先事項と定めている。
提言主体
現実及び/または生命全体を脅かすXK-クラスシナリオが発生した場合、財団はSCP-4936を改良型異次元収容チャンバーに収容し、危害から保護するものとする。これは以下の条件が満たされた場合にのみ実行される。
- SCP-4936は収容可能な形態を取って地球上に出現している。
- XK-クラスシナリオは異次元空間への脅威を及ぼさない。
- XK-クラスシナリオは予見可能かつ回避不可能である。
これらの条件が全て満たされたならば、財団は訓令アルファ-3のΣ-レベル優先事項を遂行し、あらゆる手段を講じてSCP-4936の収容体制を保護する。これによって、他全ての高次生命体が滅ぼされても、全てのカニは保全される。
代表団審議結果:承認
(議題となった提言の発案者であるため、 O5-3 は投票に関与しなかった。)
後記
仮設シナリオ部門は人類の滅亡に備えて数十年前に設立された。しかし、私たちの宇宙における生命の多様性を受けて、部門の目標も見直された。人類が — 自らの手で、或いは侵略者によって — 死に絶える時は来るかもしれないが、必ずしも他の生命体が後に続くとは限らないのだ。それ故に、人類が滅びるならば、他全ての生命体を保護するのが私たちの使命である。
私たちは間もなく、孤立した異次元空間でSCP-4936収容チャンバーの建造を開始し、SCP-4936が望む限り広い浜辺でそれを満たすことになる。仮に収容が必要になったとしても、SCP-4936は安全で、幸福で、そして何よりもまず生きていられる。そうである限り、分類学上のカニたちも概ね同じ状態だろうと考えられる。
この命取りな宇宙に残される最後の希望は、ギリシャの浜辺で休眠する1匹の小さなシオマネキなのかもしれない。そして、それを保護するのが、生命の管理者たる私たちの義務だ。
— O5-3、仮設シナリオ部門長
意思疎通に関する更新
2018年、SCP-4936が休眠中にモールス信号でメッセージを送信した。メッセージ送信の後、SCP-4936は地球から消失し、かに座ベータ星へと戻った。通信内容は以下の通りである。
ミマモッテクレテアリガトウ! ウチュウハトテモサムイデス。
ライネンノナツニマタアイマショウ! 🦀
なんだこのかわいい生き物