概要
堅実志向であった従来のソビエト製の戦車から一転して、自動装填装置や複合装甲、滑腔砲など意欲的な新機構が多く搭載されており、同盟国や友好国には供与されずに西側には長らく秘密となっていたものの、その正体が発表されたときの衝撃は大きかったという。
一方で、T-54/T-55の後継となることが予定されていたが、新機構を多く採用したために開発が遅れてT-54の後継はT-62となった。
新世代の戦車として絶大な期待が寄せられていたものの、高価かつ複雑な戦車となってしまった上信頼性が高いとはお世辞にも言えず、実戦部隊からの評判はよろしくなかったという。
具体的に言うと、初期の115mm滑腔砲『2A21』を搭載するグループに採用された世界初の自動装填機構『6ETs10(6ЭЦ10)』が特に曲者。これとソ連製戦車特有の車内の狭さが合わさった結果、砲弾の代わりによく乗員の腕やムスコを装填してしまったんだとか。結果、当時の西側情報筋では「ソ連戦車の自動装填装置は人を喰う」と揶揄される羽目になった。
1969年に登場した改良型のT-64Aからは125mm滑腔砲『2A26』と新型の自動装填装置『6ETs15(6ЭЦ15)』が採用され、安全性は向上することとなった。115mm滑腔砲を搭載した初期のグループも大多数が125mm滑腔砲とより安全な自動装填装置に換装されている。
その後、比較的堅実な設計のT-72が開発された事もあって、海外に輸出される事はなく現在も旧ソ連諸国の一部でのみ使用されている。現在最も多く保有しているのは開発元の工場を抱えているウクライナで、T-64BMブラートを始めとした近代化改修型が戦車戦力の一角を成している。
西側では情報が長らく錯綜しており、正体不明の新型戦車として謎の存在となっていた。T-64はT-72の先行生産型とも、開発失敗してそのデータから作られたのがT-72とも言われた(実際にはそれまでに構築された「枯れた」技術を元にT-64のスタイルを構築したのがT-72である)。
後に、本車を基にやはり先進的な設計のT-80が開発されたが、こちらは新たに採用したガスタービン機関が仇となってマイナスイメージを払拭するに至らなかった。
ロシアでは生産拠点がウクライナにあったことから部品供給に難があるとして積極的な近代化は行われず、2017年に一旦退役した…が、2022年から始まったウクライナ侵攻で多くの戦車を失ったロシアは退役して保管されていたT-64を引っ張り出し、戦場に投入している。そのためウクライナが保有していたT-64と戦場で相まみえる、ということも起きている。
主なバリエーション
T-64
初期型。115mm砲を装備する。
T-64A
改良型。125mm砲を装備する。生産が長かったため、時期によって細かい装備に差がある。
T-64B
対戦車ミサイルを運用できるタイプ。主砲はT-64Aと同系統。
T-64R
T-64をT-64A仕様に改修したもの。多くがこの仕様に改修された。
T-64AM/BM
T-64A/Bのエンジンを1000馬力の新型に換装した近代化改修タイプ。
T-64BV
コンタークト1爆発反応装甲を装備した防御力向上タイプ。
T-64BM ブラート
ウクライナ製の近代化改修タイプ。ウクライナが開発し少数配備した改良型のT-64BM2、T-64Uを元とする量産タイプ。装備は同じくウクライナ製の改良型、T-84に準じている。
参考資料
車長席。自動装填装置の仕組みがよくわかる。