概要
イギリスの男性王位継承者(皇太子)に与えられる称号である。イギリスには王の太子を表す言葉はあっても、称号としてはないため、「イギリス皇太子」の代名詞となっている。
また、イギリス海軍の第二次世界大戦に活躍した戦艦の名称ともなり、現在建造中の空母の名称にも内定している。
称号
この称号は本来ウェールズの君主という意味合いの称号であり、当時ウェールズを支配していた豪族が名乗っていたたもの。当時のイングランド王はそれを認めたものの、後にその一族を滅亡させる。
その後ウェールズの反乱を抑えるため、当時のイングランド王であるエドワード1世は妻をウェールズに連れて行きそこで子供を生ませて、この子供にこの称号を与えた。
これにより、「イングランド国王の男子の長子(不在の場合は男子の第一継承者)がこの名称を継ぐ」という慣例が発生した(該当者がない場合は空位)。
結婚していた場合、妻にもプリンセス・オブ・ウェールズ(ウェールズ公妃)の称号が与えられる(が、現在のチャールズ皇太子の妻カミラ妃は、前妻ダイアナ妃に配慮して、名乗りには使っていない)。
艦名
この名称がつけられた戦艦はイギリス海軍の当時最強といわれたキング・ジョージ5世級(2代)の2番艦として就役した。
この名称は、当時の国王の兄に当たるエドワード8世(結婚問題やら友好国の問題のため王を退位した)の即位以前の称号からつけられた。
1937年に建造開始、1941年に未完成のまま就役することになった。
装備
主砲は35.6cm4連装砲を前後に2基、連装砲を前に1基搭載。副砲は13.3cm連装両用砲(対空および対艦両方に使えるためこの名がある)を8機および、8連装ポンポン砲を2基から4基(詳細不明)搭載。
なお、この銃砲すべてが英国面の塊ともいえるものであり、主砲(設計ミス)とポンポン砲(時代遅れの兵器の使いまわし)はとにかく故障するわ、両用砲は手動による装填のため発射速度が遅くてまともに使えないわと、いいところのない武装だったとされる。
戦跡
この戦艦はデンマーク海峡海戦においてビスマルクと対戦し、艦橋に被弾、要員が全滅すると言う被害をこうむる(生き残ったのは艦長他1名のみ、なお、イギリス海軍はこの戦いで巡洋戦艦「フッド」を失う)。
その後首相一行を乗せアメリカ合衆国との条約(大西洋憲章)締結のため大西洋をわたったのち、地中海にて船団護衛任務に就く(なお、この際味方の飛行機を2機撃墜してしまう)。
その後東洋艦隊に大日本帝国海軍の抑止を目的として配置される。
太平洋戦争開始後、マレー半島沖にて、日本の航空部隊(一式陸上攻撃機、九六式陸上攻撃機)と戦闘、魚雷および爆弾により巡洋戦艦「レパルス」とともに沈没。
沈没の理由等
結果としてこの戦艦は日本軍により沈没させられるが、原因としては以下のものがあげられる。
- 攻撃装備の不良(英国面)。
- 装甲がその当時の正規の戦艦としては意外に弱い(装甲は厚いが有効性が低い)。
- 本来護衛用の空母が派遣されるはずであったが、座礁により中止された。
- ドイツの戦力を基にして考えていたため、日本の攻撃機の航続距離や魚雷による雷撃を想定していなかった。
- 元山航空隊の雷撃での左舷外側推進軸付近に命中した魚雷の爆発により推進軸廊下の隔壁が破壊されたばかりか、爆発で湾曲した推進軸が回転を続けた事で水防隔壁扉が開かれ、大量の浸水を生じた為に左舷推進軸二つが使用不能となったばかりか発電機八基のうち五基に浸水し、後部への電力供給が止まり後部のポンプ、艦内電話、高角砲、舵が停止。照明の多くが使用不能となり、通風も止まった為に機関室では熱中症で倒れる者が続出、応急隊員の行動も低下し、更に浸水による傾斜の為に電力の断たれていない高角砲も回転出来なくなった。この不運な一本の魚雷の命中さえなければ、海戦の様相も様変りした可能性もある。
余談
この戦艦は独自なスタイルを持っているが、美しさから人気のある船のひとつである。
なお、この艦艇はウィンストン・チャーチルのお気に入りであり、沈没の報告を聞いた彼は第二次世界大戦の中で最も衝撃的な事実と後に記述している。
当初は最新鋭戦艦という宣伝効果の為に完成したばかりのキング・ジョージ5世級三番艦のデューク・オブ・ヨークのシンガポールへの回航をチャーチルは希望したが、流石に錬度などに不備がある為に次に新しい本艦に白羽の矢が立ったとも言われる。
空母(?)
新型空母の二番艦としての名称は決定しており、現在建造中であるが、現状では正規空母として使用されず、ヘリ空母として運用される、あるいはインドに売却される可能性が存在する。