概要
マレーシアで伝承される精霊や魔物であるが、国教であるイスラム教や、中国系住民の仏教、インド系住民のヒンドゥー教の影響を受けたもの以外に、先住民族の伝統宗教に根差したマレー語で「ハントゥ・○○」(ジャ・フー語で「ベス・○○」)と呼ばれているものが数多く伝わる。
また国境を挟んだインドネシアと共通の伝承も多い。
日本の創作での扱い
日本においては水木しげるにより、吸血鬼であるペナンガラン、ランスブィル(ランスグイル)が独自の解釈で紹介され知られていた。
1990年代に、それまで日本では知られていなかった数多くの精霊が、水木の筆により姿が与えられ、日本名が名付けられた。
同時期、小説家で妖怪研究家の林巧が、『アジアおばけ街道』を始めとする東南アジアのお化けを巡る旅行記を発表。
- 林は後に、水木が世界の妖怪を収集するツアーを行った際にも参加、当時盛り上がりを見せていた世界妖怪協会主催の「世界妖怪会議」にも参加している。
その後1999年に発売された、ノンフィクションライターの大泉実成氏と共に現地のセノイに10日間滞在した体験記『水木しげるの妖怪探険―マレーシア大冒険』でも数多くの精霊の絵が描かれ紹介された。
2018年には、水木しげる没後、初の鬼太郎シリーズとなった『6期鬼太郎』西洋妖怪編でマレーシアの妖怪たちが登場。西洋妖怪によって住処を追われた彼らが、ゲゲゲの森に亡命を求めてきたことで日本の妖怪たちとの間に軋轢が起こるという、難民問題を絡めたエピソードとなった(※メイン画像)。
詳細は→南方妖怪
世界各国の伝承の存在が登場するRPG『女神転生』シリーズでは、1987年に発売された第一作にカニ姿の水の精霊であるクタムが登場。1997年に発売された『ソウルハッカーズ』には、上記の水木の書籍で紹介されたティング・カットやペナンガルが登場している。
一覧
ハントゥ
- ハントゥ・エア/ハントゥ・アイェル(Hantu Air/Hantu Ayer):水の精。
- ハントゥ・アプ(Hantu Apu):敷物お化け。
- ハントゥ・バカル(Hantu Bakal):密林の精。
- ハントゥ・バルン・ビダイ(Hantu Balung Bidai):敷物型で四つ角に口を持つお化け。川や池のなかに住み漁師を襲う。
- ハントゥ・バンダン(Hantu Bandan):滝の精。うつぶせに横たわっている。
- ハントゥ・ベリアン(Hantu Belian):虎の精。鳥の姿で虎の背に顕現する。
- ハントゥ・ブロク(Hantu Beruk):猿の精。ダンサーをトランス状態にする。
- ハントゥ・ビサ(Hantu Bisa):毒の精。
- ハントゥ・ブタ(Hantu Buta):盲目の精。
- ハントゥ・チカ/ハントゥ・ケンブン(Hantu Cika/Hantu Kembung):腹痛の精。
- ハントゥ・アナク・グア・バトゥ(Hantu Anak Gua Batu):鍾乳石のお化け。
- ハントゥ・ダグック(Hantu Daguk):霧のお化け。
- ハントゥ・デナイ(Hantu Denai):狩りの精。
- ハントゥ・デネイ(Hantu Denei):獣道のお化け。
- ハントゥ・デマン(Hantu Doman):馬頭の悪霊。
- ハントゥ・ガラ(Hantu Galah):棒のお化け。天に届くほど背が高く、足元の毛を集めて燃やすことで願いをかなえてくれるという。
- ハントゥ・グア(Hantu Gua):洞窟の精。
- ハントゥ・グヌン(Hantu Gunung):山の精。
- ハントゥ・ハントゥアン(Hantu Hantuan):山彦。
- ハントゥ・フタン(Hantu Hutan):森の精。
- ハントゥ・ジェランクン(Hantu Jerangkung):骸骨お化け。
- ハントゥ・ジェンバラン・タナー(Hantu Jembalang Tanah):地霊。
- ハントゥ・ケバヤ・メラー(Hantu Kebaya Merah):赤い伝統衣装の女お化け。
- ハントゥ・ケラマット(Hantu Keramat):聖霊。
- ハントゥ・クボル(Hantu Kubor):死の精。
- ハントゥ・ラウト(Hantu Laut):海の精。
- ハントゥ・ロンガク(Hantu Longgak):空を見ているお化け。襲われた者の口から泡を出させる。
- ハントゥ・ムサン(Hantu Musang):儀式で呼び出されるジャコウネコのお化け。
- ハントゥ・マティ・ディブノー(Hantu Mati Di-bunoh):殺された者の霊。
- ハントゥ・ペンプル(Hantu Pemburu):狩人の精。
- ハントゥ・ポホン・プテ(Hantu pohon pete):樹上の少女のお化け。
- ハントゥ・プサカ(Hantu Pusaka):墓の精。
- ハントゥ・リンバ(Hantu Rimba):森の精。
- ハントゥ・ルビド(Hantu Rubit):嵐の精。
- ハントゥ・ソンケイ(Hantu Songkei):狩りの邪魔をする鼻が長く目を広げたお化け。
- ハントゥ・ティンギ:高いお化け。
- ハントゥ・ポットンバラ:首切りお化け。襲われた者は見た目は変わらないが、霊的に頭が無い状態にされてしまう。
- ハントゥ・ジン:巨人お化け。
- ハントゥ・パンジャン:長いお化け。
- ハントゥ・カッカ:鳥のお化け。カッカッカッという鳴き声で飛び回り、下にいた人の意識を奪ってしまう。
- ブンジャン・サナン:ワニのお化け。偉大なる兄貴といった意味で、バスほどの大きさのワニの主。
- ハントゥ・ショコレール/マントス・プレー:おちんちんお化け。性別があり男は女の乳房を、女は睾丸を霊的に食らい腫れさせる。
- ハントゥ・ミニャック:油お化け。儀式によって身体に油を塗った若者に憑依し力を与える。
- ハントゥ・パラ:頭のお化け。首狩りされた頭が化けて村の鶏を食うなど害を成す。
水木しげるによる紹介
『Jah-het of Malaysia art and culture』という洋書で紹介されているハントゥ(ベス)を、水木による解釈で名付け解説したもの。上記の鬼太郎に登場した者も含め、ほとんどが同書に掲載された現地の彫刻を元に描かれている。
- あごの精(Bès Dagu'/Hantu Dagu)
- 足食い(Bès Cha' Jòng/Hantu Makan Kaki)
- 足を曲げた精(Bès Kirojong/Hantu Pulas Kaki)
- 足を折り曲げた精(Bès Lipat Jòng/Hantu Lipat Kaki)
- 頭ねじり(Bès Kě'lioi/Hantu Pulas Kepala)
- 頭を食べる精(Bès Cha' Kòy/Hantu Makan Kapala)
- 雨の精(Bès Putri Awan/Hantu Hujan)
- アワン(Bès Awan/Bès Bangkok Awan/Hantu Panggok Awan/Hantu Pengumpul)
- 家の階段の精(Bès Tanga'/Hantu Tangga)
- 稲妻の精(Bes Kilat/Hantu Kilat)
- 犬の精(Bès Chwě'/Hantu Anjing)
- 岩の精(Bès Těmo'/Hantu Batu Bawah Tanah)
- 大口(Bès Buka' Mulut/Hantu Buka Mulut)
- 大トカゲの精(Bès Prě'/Hantu Biawak)
- 丘の精(Bès Chong/Hantu Bukit)
- ガガウ(Bès Gagau/Hantu Gagau)
- 鍵の精(Bès Kunchi'/Hantu Kunchi)
- 風の精(Bès Měhong/Hantu Angin)
- 風邪の精(Bès Sěngèch/Hantu Sejok)
- 固い歯の精(Bès Krap Lěmuny/Hantu Kerap Gigi)
- 肩に乗っている精(Bès Bedukong/Hantu Dukong)
- ガマング(Bès Gamang/Hantu Jambang)
- 雷の精(Bès Luruh/Hantu Guroh)
- からかい(Bès Jebik/Hantu Jebik)
- ガラング(Bès Galang/Hantu Galang)
- 枯木株の精(Bès Bongo/Hantu Punggor)
- 木株の精(Bès Tungul Kěmpas/Hantu Tunggul Kempas)
- 強風の精(Bès Sohudi Awan/Hantu Ribu)
- 切り倒された木の精(Bès Batang/Hantu Batang)
- キンタマ妖怪(Bès Burut/Hantu Burut)
- 愚鈍の精(Bès Budòr/Hantu Bingong)
- 首お化け →ペナンガラン
- 子連れの精(Bès Bò' Iwa'/Hantu Dukong Anak)
- 逆さ(Bès Tunging/Bès Tunging Kòy/Hantu Terbalik/Hantu Tungging Kepala)
- さかさまの精(Bès Chungkulit Kòy/Hantu Terbalek)
- 魚の精(Bès Ka'/Hantu Ikan)
- サギの精(Bès Lanjung/Hantu Puchong)
- 三身一体(Bès Berangkai/Hantu Rangkai)
- 舌長(Bès Chěrʉng Lěntak/Hantu Lidah Panjang)
- 失明の精(Bès Chabut Mat/Hantu Luchut Mata)
- ジャビの精(Bès Jabi/Hantu Jabi)
- しり妖怪(Bès Dangon/Hantu Punggong)
- 背中にトゲのある精(Bès Je'la' Krò'/Hantu Belakang Berduri)
- 象牙の精(Bès Gading/Hantu Gading)
- ソンゴック(Bès Bohor/Hantu Songkok)
- 台所の精(Bès Datok Hamak/Hantu Hamak)
- 乳吸い(Bès Penajen/Hantu Hisap Susu)
- 乳の精(Bès Penajen/Hantu Tetek) →ハンツ=テテク
- チャムブングの精/くもの精(Bès Chambʉng/Hantu Labah-Labah)
- チャラク(Bès Chalak/Hantu Penyakit Hidong Keluar Darah)
- チュンガク(Bès Chungak/Hantu Chungak)
- チンタ・ル(Bès Chinta' Lu'/Hantu Chinta Lauk)
- 杖の精(Bès Chèp Nahò~'/Hantu Pegang Kayu)
- 月の精(Bès Bulan/Hantu Bulan)
- 突き落とし妖怪(Bès Chereh/Hantu Jatuh)
- ティング・カット(Bès Tinkat/Hantu Tingkat)
- 手食い(Bès Cha' Ting/Hantu Makan Tangan)
- 出目の精(Bès Bulang Mata/Hantu Mata Bular)
- 出目(Bès Cholar/Hantu Keluar Mata)
- トゥハ・マウス(Bès Tuha' Mawas'/Hantu Tua Mawas)
- トゥラング・マワス(Bès Tulang Mawas/Hantu Tulang Mawas)
- とがり目(Bès Chema' Mat/Hantu Meta Tajam)
- とがったナイフの精(Bès Chèma'/Hantu Pisau Tajam)
- とげ妖怪(Bès Jě'la'/Bès Jě'la' Kòy/Hantu Duri/Hantu Kepara Berduri
- トビモノ(Bès Těrbang/Hantu Terbang)
- 鳥の精(Bès Chèm/Hantu Burong)
- とんがり頭(Bès Chěma'/Bès Chěma' Kòy/Hantu Tajam)
- 長あごの精(Bès Chěrʉng Dagu'/Hantu Dagu Panjang)
- 長い歯の精Bès Lěmuny Chěrʉng/Bès Lěmuny Taring/Hantu Gigi Panjang/Hantu Gigi Taring)
- 妊娠の精(Bès Makò'/Hantu Bunting)
- 猫の精(Bès Kuching/Bès Kuching Belang/Hantu Kuching/Hantu Kuching Belang)
- 根っこの精(Bès Akar/Hantu Alar)
- ねぶとの精(Bès Bisul Penajen/Hantu Bisul)
- ノコギリの精(Bès Gaji/Hantu Gergaji):背中が鋸状のお化けで、切られた木に当たったものは死んでしまう。
- 野猿の精(Bès Changah/Hantu Lalah)
- 歯痛の精(Bès Nya' Lě'muny/Hantu Sakit Gigi Gaham/Hantu Sakit Gigi)
- 墓の精(Bès Kubor/Hantu Kubor)
- バジャングの精(Bès Bajang/Hantu Bajang) →下記の吸血鬼「バジャン」参照
- バナナの花の精(Bès Jantung/Hantu Jantung)
- 花の精(Bès Bekaw/Bès Bekaw Gunong/Hantu Bunga/Hantu Bunga Gunong
- 腫れ物の精(Bès Barah/Hantu Barah)
- 歯をつかんでいる精/牙をつかんでいる精(Bès Chèp Lěmuny/Hantu Pegang Gigi/Hantu Pegang Taring)
- 半熟の精(Bès Měngkal/Hantu Mengkal)
- ひざの精(Bès Kòy Kěrwal/Hantu Sakit Kepala Lutut)
- 人食い(Bès Cha' Jah/Hantu Makan Orang)
- 復讐の精(Bès Dendam/Hantu Dendam)
- ふくろうの精(Bes Pot/Hantu Burong Jampok)
- 河豚妖怪(Bès Buntel/Hantu Buntal)
- ブロング/出っ歯の精(Bès Bulong/Hantu Bulong)
- ペナンガル(Bès Pěnanggal/Hantu Penanggal)
- ペフナン(Bès Pěhunan/Hantu Kempunan)
- ボヤン:ジャクン族の呪術師。下記の吸血鬼たちが害を及ぼさないように呪文を唱える。
- マカク(Bès Dong/Bès Dong Kawan/Hantu Berok/Hantu Berok Banyak)
- 未亡人の精(Bès Balu'/Hantu Janda)
- 耳たぶを食べる精(Bès Anting/Hantu Anting-Anting)
- 目の病気の精(Bès Chole/Hantu Sakit Mata)
- やせた精(Bès Kurus/Hantu Kurus)
- 槍の精(Bès Bulus/Hantu Lembing)
- 四つ目(Bès Mat Mpat/Hantu Meta Empat)
- リューマチの精/リューマチの痛みの精(Bès Doket/Hantu Sengal)
- 笑/笑い(Bès Lě'lok/Hantu Ketawa)
- ワン・ハンデッド(Bès Ting Niwèy/Hantu Tangan Satu):胸から腕が生えている精霊で、女性にもてる方法を知ろうとして人を攫う。
ゲゲゲの鬼太郎に登場したもの
- 耳長(Hantu Telinga Panjang):長い耳を持つお化けでイチジクの樹に住んでいる。この木の根を飛び越した子供をわがままで頑固な性格にしてしまう。
- エギク(Bès Egik/Hantu Keji):卑怯者の精。身体の半分以上の大きな顔をしているが、10歳以下の子供にしか見えず泣かせる。
- ビディ(Bès Bidi/Hantu Busong):川に毒のおしっこをして、入ったものの腹から下に痛みを与える。
- 竹ねずみの精(Hantu Dekan Makan Buloh):竹の新芽を食べつくし枯らしてしまう。人が近づくと恐ろしい姿に化け脅かしてくる。
- 土の精(Bès Bumi):土の中に住んでおり、突然憑りついて気を失わせ、命を奪うこともある。
- ケンパス蛇(Bès Talun Kěmpas/Hantu Ular Kempas):普段は緩慢だが、雷のときは飛んできて人に巻き付く。骨が折れるほどの力が強く、助かっても皮膚が鱗のようになってしまう。
- ハンプバック(Bès Bungkok/Hantu Bongkok):猫背のお化けで空家に住み、侵入した者は背骨をねじ切られてしまう。また、森に住むものは襲った人を腎臓病にしてしまう。
妖精
- ボタ(Bota):同名の地区の語源となった巨人。
- オラン・ブニアン(Orang Bunian)森の奥に住むエルフのような神秘的な人々。
- オラン・ケト:ドワーフのような背の低い人々。
- オラン・ケニット:不思議な力を持つ小人。
- ガーガシ(Gergasi):巨人。
- ゲデンバイ/ケレンバイ(Gedembai/Kelembai):石化の力を持つ鬼。
- ドゥヨン(Duyong):人魚。
- ビダダリ(Bidadari):天女。
近代の伝承
- ハントゥ・ポチョン/ポコン(Hantu Pochong):白い布に包まれ埋葬された姿のイスラム教徒の死者が蘇ったお化け。
- ハントゥ・バンクス/ハントゥ・バンキット(Hantu Bungkus/Hantu Bangkit):起きるお化け。ポコンと同じく布に巻かれているがキョンシーのように飛び跳ねる。もしくは飛ぶので動きが速い。
- ハントゥ・クムクム(Hantu Kum-Kum):1980年代に話題になった魔術の失敗で顔が腐ったようになったジバブを被る女のお化けで、家の前で「アッサラーム アライクム」というイスラム式の挨拶の語尾を「クム クム」と続けるのが特徴。美しくなるため99人の処女を殺し血を奪うという。
- オラン・ミニャック/オラン・ミニャク:2000年代に目撃されるようになった、魔術の失敗で黒い油まみれの身体になったという女を襲う脂っこい男のお化け。
- ハントゥ・ランジャ:走っているバイクの後ろに乗ってくる女のお化け。「おしっこがしたい」と声をかけてくるので降ろすと消えてしまう。
- ハントゥ・ジャパン(Hantu Japan):日本兵の亡霊。
- オラン・ダラム:身長約2.5~3メートルの黒い毛をした類人猿型UMA。伝承では出っ歯のお化けとして知られる。
使い魔
- ポロン(Polong):血から造られる球状の使い魔。
- ペレシト(Pelesit):ポロンと連携して害を成す、尖った頭のバッタまたはコオロギ姿の使い魔。
- トヨール(Tuyul/Toyol):大きな耳を持つ緑色の小人。
- ハントゥ・ラヤ(Hantu Raya):偉大なお化け。呪術師が使役できるものでは最高の霊であるといわれる。
吸血鬼
- ランスグイル(lang suir)
- ペナンガラン(Penanggalan):セノイには「ペナンガル」という似た名の蜜蜂を守護する精霊が伝わる。
- ポンティアナ(Pontianak)
- バジャン(Bajang):死産した胎児から生まれるという吸血鬼で、ジャコウネコのように見える男の姿をしていて子供に危害を加える。