刺青
いれずみまたはしせい
「刺青」とは;
- (いれずみ/ほりもの):皮膚に色素を刺し定着させる身体の装飾方法で、タトゥーともいう。本文で説明する。
- (しせい):谷崎潤一郎の文学作品のひとつ。もともといれずみの別称の一つだったが、本作以降当て字として「刺青」を「いれずみ」と読むようになるきっかけだとされる。
日本における刺青
日本における刺青の歴史は古く、3世紀に著された中国の史書に素潜りをして漁をする男性が水難を避けるために刺青を施していたことが記録されている。考古学研究においても、土偶や埴輪に刺青と思しき文様が彫られたものが多数出土しており、古代において刺青はタブー視されたものではなかったことがわかっている。
その後、儒教思想の伝来により刺青は親からもらった肉体を傷つける非倫理的で血なまぐさい風習と公的な場からは遠ざけられていったが、海賊や船乗りの間では水難を避けるための呪術的行為と有事の際の身元特定、死を覚悟した兵士が指や胴に名と住所を身元特定のために彫るなど、刺青文化は民間人の間で存続し続けた。
江戸時代などでは、船乗りや火消し、鳶職のように素肌を晒す職業では刺青が無いほうが恥とすらされるほどだった。江戸幕府は、明朝の刑罰制度を参考に入れ墨(黥)の刑を採用していた一方で、武士階級などにも刺青はさほど珍しくないものとして流行していった。武士の中には、刺青を入れた者を斬ることで呪術にかかると信じる者も多く、刺青はファッションや身元特定のみならず、庶民階級が理不尽な仕打ちを避けるという意味でも実用性があったとされる。
上記の江戸期に於いても「刺青=罪人」のイメージから、自発的に行う刺青は「彫り物」と称していた。
明治維新になると、刺青を入れる行為は違法となった。刺青は混浴とともに西洋人からは物珍しい習俗として面白半分に紹介されることも多く、近代的な国家の構築を至上としていた明治政府にとっては都合が悪いものとみなされていたことが理由とされる。
しかし、日本にやってきた西洋の王族や軍人は、背中を一枚の絵と見立てる日本の華美で大胆な刺青を好意的に捉え、ニコライ2世のように記念として刺青を入れることもあった。
また、厳しい取り締まりの中でも刺青文化はアウトローだけではなく船乗り、鳶職、料理人、芸能界の大道具係などを中心に根強く存続した。人々はどうしても裸にならなければ利用できない銭湯などを除き、官憲の目が届きやすい場所で大っぴらに見せることはなく、袖や裾からちらりと見せ、見る者の想像力を掻き立てることが粋なふるまいとしていた。
銭湯文化が盛んであった時代では、さまざまな職に就いている人々が刺青を入れている事情が容易に認識できる環境があったこともあり、時代劇や映画において刺青を入れた好漢が悪党を懲らしめる作品が国民的な人気をしばしば獲得するなど刺青に対する嫌悪感はさほど強くはなかったという意見もある。
しかし、高度成長期を迎え社会構造が変化すると状況は一変した。ヤクザをテーマにした映画が量産されたことに加え、暴力団同士の抗争が社会問題化したことから、刺青は反社会的勢力の象徴として嫌悪の対象となり、銭湯などの公共施設から排除する動きが進んでいった。
こうした風潮が次第に弱まっていくには、日本国外の著名人が様々な目的で刺青を入れるようになっていく2000年代を待たなければならなかった。
刺青を入れるには肉体的苦痛の他、金銭や時間の負担が大きい。これらの苦痛や負担を超えて完成させることに意義があるとする風潮もあった。
最近では、上記の方法に代わってデカールのように皮膚に貼り付けるタイプも主流となっている。
日本における刺青の法律上の扱い
日本における刺青施術は合法か違法か、あるいは医師免許が必要か、長期間グレーゾーンになっていて様々な言説が交わされていた。
結論から述べると""2020年の最高裁の判断によりタトゥー施術は医療行為に含まれず、医師免許は必要ない""とする判例ができている。
前段として2001年の厚生労働省の行政通知において、当時普及しつつあったアートメイクや美容医療の類に対して「タトゥー施術を含む複数の美容施術を医療行為と見做す」という見解を示していた。
行政通知とは法律ではないが、通知した内容に基づいて行政を執り行うとする方針を示すものであり、広く法律に準じる扱いをされている。
2015年、大阪のタトゥー彫り師がこの厚労省通知に基づき「体に針を刺すなどするタトゥー施術は医療行為にあたり、医師以外が行うのは違法ではないか」と罪に問われる事件が発生した。
地方裁判所もこれに沿い一審で有罪判決を出した。しかし高裁では「刺青は装飾や美術分野の行為で歴史的にも医師でないものが施術してきたものであり、医療行為には含まない」と逆転無罪とし、最高裁もこれを支持する形で検察官の上告を棄却して無罪判決が確定、厚労省通知とは異なる結論を出した。
まとめると「以前厚生労働省は医療行為だと判断したが、裁判所がそれを否定し、医師免許不要で施術してよいとした」のである。
刺青と社会
刺青を入れると温泉などの公衆浴場やジム等への入場を断られることがあり、近年では海水浴場すら入場禁止になる場合もある。さらに、SNSでは刺青に嫌悪感を示す人者と理解を示す者による激しい応酬が繰り広げられるなど、良くも悪くも関心の高いトピックでもある。
就職においても不利益を被る可能性がある。例えば、自衛隊は一部例外を除いて刺青がないことを入隊条件の一つとしている。採用試験においても、暗黙のルールとして刺青がないことを条件としている場合が多い。
近年、日本の文化とは異なる社会で生まれ育った訪日外国人の増加に伴い、こうしたタトゥーを入れた人物を公衆浴場で受け入れるべきか否かで議論が割れている。複数の世論調査では、若い世代ほど刺青に対する嫌悪感が弱く、20代に至っては6割が刺青に対する規制を緩和すべきと答えている。外部リンク
刺青文化が盛んな欧米では、見えないところにワンポイントの刺青を入れることは珍しくない。政治家などでは目に見えるタトゥーをしている人が滅多にいないように、一定の教養層、保守層などを中心に嫌悪する傾向があるが、大学以上の高等教育を受ける層でも圧倒的少数派とは言い難い状況になりつつあり、それは世代を下るごとに顕著になっている。外部リンク
刺青のリスク
上記ような社会的リスクに加え、感染症や後から完全に消すことが困難であるといった身体的リスクがある。
刺青を入れる彫り師になるにあたって現在国家資格や業界統一の基準があるわけではないため、衛生に関する観念や知識のレベルは個人差が大きい。
近年では衛生に配慮しようとしている者も多少増えてきており、用具を使い捨てにしたりオートクレーブで消毒したりすることで工夫はされているが、衛生に関する知識を専門的に学んだ者はそう多くないため「きちんと対策していたつもりでも衛生関係のプロの目から見れば穴だらけ」という事態になっている可能性は低くない。
また、かつての刺青の顔料には酸化鉄が含まれていたが、これは電磁波で発火する恐れがある。そのため病院でMRI検査を断られる可能性がある。
刺青を除去する手術も存在するが、大前提として完全に消すことは出来ない。インクが薄く残ったり、腫れたような痛々しい跡が残ってしまうため、元通りの綺麗な肌に戻ることはない。もちろん保険の対象外であり、高額な施術費用を要する。
そのため、刺青を入れる前に将来のことを十分考えるべきである。
単にファッションとしてやりたいだけなら、シール、ヘナで描くなどのいずれ消える方法や、刺青のように見える柄の入ったストッキングなどで代用できるため、リスクを避けたい人、軽い気持ちでやりたいだけの人はまずそちらを試すことオススメする。
ファッションとしての「刺青(タトゥー)」
上記のことから日本ではファッションの一種としても認知されている一方、不良に見られる傾向があるため、現在でも良い印象は持たれていない。中には不退転の意志を持ってタトゥーを入れる芸能人もいる。現在では不良だとする考え方は時代遅れであるという意見もあり、一例では安室奈美恵が母の命日や子供の名を刻むなど、親愛の対象への愛をより確固たるものとする目的で入れるなど理由は多様である。
欧米のミュージシャンやハリウッドの俳優など、海外の著名人はファッションや自己主張として普通に入れている人のほうが、むしろ多いくらいである。アスリートもタトゥーを入れている人が多く、この火付け役はデビッド・ベッカムと言われている。
ちなみにイギリスは世界で最もタトゥー人口が多い国のひとつで、成人の5人に1人がタトゥーを入れている。
キリスト教においては、刺青は正式な教義に取り込まれていないが敬虔な信者が自らの信仰をより強固にするために肉体に聖書の一句、聖人、十字架などを彫るといった例が多く見られる。
Jリーグにおいては日本人選手も外国人選手に影響されて刺青を入れることは少なくなく、代表クラスにも入れていることが知られている選手がいる。
儀礼・呪術的なもの
通過儀礼や成人・身分の証、魔除けとして刺青を入れるしきたりを持つところもある。
- 古代中国との接触を本格的に持ちはじめる前の日本において、男たちはみな顔や体に刺青をしていたという記録が魏志倭人伝に残っている。
- 明治時代に入り日本化が進められるまで、北海道や沖縄・宮古・奄美には女性の成人儀礼として刺青の文化が残っていた。アイヌの成人女性は口とその周り、あるいは腕に黒い入れ墨をする習慣があり、沖縄や宮古・奄美の少女は13歳ころから結婚するまで手の甲・指・肘に「ハジチ(針突き)」という入れ墨を少しずつ施していった。いずれも明治政府の刺青禁止に伴い、衰退し既に入れていた女性も塩酸などをかけられて除去されたりするといった例があった。現在アイヌにおける刺青文化は事実上絶えたが、女性は伝統行事の時に代替として黒い口紅を塗ることがある。一方、ハジチはアメリカ文化の影響が強く刺青に対する忌避意識が比較的弱い沖縄の土地柄も反映してか、少数ながら若い女性が入れるなど復興の試みが進んでいる。
- ロシアの裏社会では刺青の文化が非常に発達している。これはソ連時代に刑事犯が政治犯と区別されるために彫り始めたもので、モチーフごとに意味がある(例:目=同性愛者、人魚=ペドフィリア)ので刺青を見ればどのような立ち位置や思想信条か一目で分かるようになっている。
- ニュージーランドのマオリは、伝統的な刺青「モコ」を一生かけて完成させる。モコは身分や個人の証明や、一族の来し方を表す家紋などの役割も兼ねている。
- フィジーでは、ピアスと刺青をされなかったものは死後の世界において地獄のような責め苦を受けると信じられていた。
アニメ漫画では未開部族あるいはアウトロー属性のある登場人物にキャラクター性を持たせるため、刺青やボディペイントが施されている例がよく見られる。その作品の世界観においてはアウトローに属していても、必ずしも悪いイメージを以って描かれるわけではないことも多い。
医療目的のもの
大きな目的として、「ケガや病気の跡をカモフラージュするためのもの」と、「外からは判別しづらい身体状態を示すためのもの」がある。
前者は火傷や皮膚病などの痕跡を肌色の色素で隠す、乳がん手術で失われた乳首を再現する、抗がん剤治療で脱毛した眉毛を描くなど、外見を損なう傷病痕を綺麗に見せるために用いる。
後者は、急な疾患で倒れたときのため「私は(緊急時に特定の治療行為が必要だったり、特定の治療行為が悪影響になる)〇〇病です」と彫っておいたり、聴覚障害など目に見えづらい障害をアピールするケースがある。
そのほか、咄嗟に右と左が判別できない左右盲を軽減するために右手に「右」と書いておくなど、機能的な目的をもった刺青もある。
先述の自衛隊では、こうした医療目的であれば例外として入隊を認めるとしている。
その他
刑罰としての刺青は、かつてナチスが捕らえたユダヤ人に管理番号を彫った例などもあり、西洋でも行われていた様子がうかがえる。
フィクションにおいては呪術的な一面をより強く扱う例がある。
狗巻棘や傷の男などのように、異能力を用いるために必要な魔法陣等を刺青様の形で施すものや、淫紋のように対象を戒めたり苛むための呪いを刺青としてほどこす例がある。
また、マリク・イシュタールやリザ・ホークアイ(原作)の背中のように長期的に保管する機密を刺青として人体に残す例もある。
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- ゴールデンカムイ 脱獄囚(ゴールデンカムイ)
- 相模原障害者施設殺傷事件…事件を起こした死刑囚は、障害者施設で働いていた一方で彫り師に弟子入りしていたが、勤務中に刺青をしていたことがバレた前後から、彼の様子が大きく変化していく。施設側は、本来であればその時点でクビにするつもりだったが、弁護士から「刺青だけではクビに出来ない」と言われた事から、緊急入院措置が取られるまで雇うことになった。ちなみに、彫り師は障害者差別を平然と述べるなど彼の異常になった言動から麻薬を使用していると察し、破門にしている。