概要
プエルトリコ出身。国籍はアメリカ合衆国。読売ジャイアンツに在籍していたディッキー・ゴンザレスとは幼なじみ。
1999年に大リーグのニューヨーク・メッツに入団するも一度もメジャー昇格はなく、2010年に台湾プロ野球「兄弟エレファンツ」(現在の「中信ブラザーズ」)へ移籍。なお、この間の2006年第1回WBCでプエルトリコ代表として選出されている。
台湾球界では2011年に最多勝のタイトルを獲得するなど活躍。2年間で400イニング近くを投げて通算28勝をマークした。
2012年に東京ヤクルトスワローズに入団。4月22日の読売ジャイアンツ戦で来日初勝利を挙げるとその後は大崩れすることなく先発ローテーションを守り抜き、2ケタ勝利こそ逃したもの規定投球に到達して9勝を挙げた。2015年は3回の先発のほか中継ぎとして合計61試合に登板。チームのリーグ優勝に貢献した。
2016年に台湾プロ野球へ復帰。2016年は「Lamigoモンキーズ」、2017年はかつて所属していた「中信ブラザーズ」でプレー。同年終盤には八百長報道に巻き込まれてしまったが本人はその件に関して一切関係がなく、「評判が落ちてしまった」と彼は語っている。現在は自由契約となって他球団からのオファーを待っている状況だが、「良いオファーがなかったら引退するつもり」という。