概要
カーグラフィックTVは株式会社カーグラフィック(旧・二玄社)刊行の自動車雑誌「カーグラフィック(CAR GRAPHIC)」監修のテレビ番組である。
1984年10月に放送を開始した。初期は良くも悪くも深夜放送バラエティのノリであったが、雑誌カーグラフィックの硬派な雰囲気と真逆だった為に第2期以降制作会社を変更して現在のスタイルになった。
現在の出演者である松任谷正隆は第2期でオファーが来た時はかなり難色を示したという。それは元々氏はカーマニアでカーグラフィック誌のファンだったが、第1期の有り様に不満があった為である。
また、“相方”の田辺憲一は、番組開始当初から出演している。
当初はテレビ朝日系列での地上波番組だったが、スポンサーの縮小等もあり2001年3月に一旦は終了した。
2001年10月に復活したが、テレビ朝日では放送されずテレビ埼玉などの独立局を中心にテレビ朝日系列局のごく一部へとネット局は変化、2002年3月からはBS朝日にて放送を開始した。
なお、この復活後については第3期とも呼ばれる。
2024年11月の時点ではBS朝日の放送がメインであり、地上波での放送局は山形テレビだけとなってしまっている。
内容
様々な車のインプレッションを行う。乗り心地や走りの感想といった評論がメインで、近年では大衆車を扱う事も珍しく無くなった。また、環境に配慮したエコカーについても扱うことも。
たま~に珍車や果ては陸上自衛隊の車両(輸送車・装甲車・戦車)までも扱っていた事もあり、松任谷氏はこの手のジャンルはあまり得意ではないのか苦笑している光景がオープニングトークで見られた。
また、メーカーの黎明期に作られたクルマのヒストリーを追う企画もあったりする。
さらに珍しいテーマとしては日本のミニカーの最大手トミカにまで扱い、タカラトミーに取材していたりする。
ちなみに陸上自衛隊車両の回では、上記の車両をいつものクルマのレイアウトの並べ方をしていた。
…こんな事をするのは日本でもカーグラTVとモーターランド(テレビ愛知、テレビ東京他で放送されていた同種の番組)ぐらいである。なお、松任谷氏はその回で90式戦車の後ろを見てフェラーリ・テスタロッサに例える珍発言をしていた。
軽自動車においても二人とも坂道を峠を攻めるかのごとく平気で飛ばしていた。…交通法的に大丈夫だったのだろうか?
出演者
テーマ曲
第1期(1984年10月~85年9月)…When Will I See You Again(天使のささやき) / Boys Town Gang
第2期(85年10月~2001年3月)…THE THEME OF WINNER(OP・ED) / 松任谷正隆
第3期(01年10月~現在)…THE LAST RUN / 松任谷正隆
松任谷正隆の楽曲については市販化はされていないものの、CG誌2002年4月号の付録CDとして初めて収録された。
その他
この番組をパロディにするケースも少なからずあり、よくパロディにされるのは古谷徹氏のナレーションの部分が好例であり「何かをこと細かく解説するナレーション」ものでパロディとして使わ
れるものが多い。
一例
スクウェア・エニックス:チョコボレーシング幻界へのロードCM
ハイスピードエトワール:作品説明バンク
カーグラフィックTVでの松任谷氏のお決まりのセリフとして「僕はこれはこれでアリだと思うんですよ」の予定調和に持っていくスタイルは現在ではほぼない。
ちなみに自動車評論を専業としたのはカーグラフィックの創始者であった小林彰太郎氏が日本で初めてだという。カーグラフィックを創刊したのも小林氏が日本の既存の自動車雑誌が自分で読んでも面白いとあまり思っておらず、理想の自動車雑誌を構想していた為。