概要
1954年1月19日、東京都八王子市生まれ。女性シンガーソングライターとして初めて天下を取ったアーティストで、日本のポップ・ミュージックを語る上で欠かせない人物。彼女の始めたニューミュージックというジャンルは、今でも多くのアーティストのベースとなっている。
配偶者は自動車ジャーナリストの松任谷正隆氏で、そのためか自動車にまつわるエピソードがいくつかある(パリ=ダカール・ラリーに『ユーミン・マリクレール号』を参戦させた上、ラリーをイメージした歌を出したり、実在の自動車が歌詞に出たり…など)。
荒井由実時代
当初はフォークソングの系譜に属する歌手とされたが、都会的なセンスあふれる彼女の登場は「四畳半フォーク」と言われるそれまでの生活感あふれるフォークを過去のものにしてしまい、フォークを「ニューミュージック」に移行させるきっかけをつくった。詳細は荒井由実の項を参照。
松任谷由実時代黎明期 1980年代前半~1980年代中盤
1976年の結婚とともにアーティスト名も「松任谷由実」へ改める。以降、年に二枚のペースでアルバムをリリースするなど活発に活動していく。
1981年、シングル『守ってあげたい』が、60万枚を超える大ヒットを記録し、松任谷時代初のシングル・ヒットを記録。年末の大型賞の一つである第一回日本作曲大賞を同曲で大賞を受賞。専業作曲家がしのぎを削る中でシンガーソングライターでの同賞の受賞は日本の音楽業界に衝撃を与えた。同年リリースのアルバム『昨晩お会いしましょう』が、松任谷時代初の1位を獲得。以降、歴代最多となる18年連続でアルバム首位獲得する。
1982年、呉田軽穂名義で松田聖子に『赤いスイートピー』を提供。1位を獲得し、作曲家としても脚光を浴びる。
1984年、シングルVOYAGER~日付の無い墓標~が第四回日本作曲大賞の大衆賞を受賞。この頃より、ユーミンは80年代を代表する歌手、作曲家として地位を確立した。
絶頂期 1980年代後半~1990年代中盤
1987年、映画『私をスキーに連れてって』の主題歌に、1980年にリリースされた楽曲『恋人がサンタクロース』、『サーフ天国、スキー天国』が起用されてリバイバルヒットを果たす。中でも恋人がサンタクロースは、今でもウインターソングの定番である。
1988年、アルバム『Delight slight light KISS』をリリース。150万枚の売り上げを記録し、1989年の年間1位を獲得。収録曲『リフレインが叫んでる』はシングル・カットしていないにもかかわらず、有線チャート1位を獲得。
1989年、アルバム『LOVE WARS』が198万枚という当時のアルバム歴代最高売上を記録。1990年の年間1位を獲得。収録曲『ANNIVERSARY』はJUJUによってカバーされている、ウェディングソングの定番。
1990年、アルバム『天国のドア』の売上が遂に200万枚を突破。邦楽アルバム史上初のダブルミリオンを記録した。日本のアルバム市場を開拓した歴史的な一枚と言っても過言ではない。また、同作も1991年の年間1位を獲得し、史上初にて唯一のアルバムチャート3年連続制覇という金字塔を打ち立てた。
1991年、アルバム『DAWN PURPLE』が邦楽史上初の初週ミリオンを記録。180万枚の売上を記録。この頃より王道ラブソングから、ラテン系やエスニックなどの民族音楽に傾倒していくようになる。
1992年、アルバム『TEARS AND REASONS』をリリース。ミリオンセラーとなり、140万枚の売上を記録。
1993年、シングル『真夏の夜の夢』が松任谷名義で初の1位を獲得。売上も150万枚を超え、本人史上最高のセールスを記録した。同年、アルバム『U-miz』をリリース。130万枚を売り上げる。
1994年、シングル『Hello, My Friend』が140万枚、『春よ、来い』が115万枚のミリオンヒット。同年、前述の二曲を収録したアルバム『THE DANCING SUN』が240万枚の売上を記録。オリジナルでは松任谷由実最高の売上。
1995年、シングル『命の花』が、歌詞の内容から同年発生した阪神淡路大震災の被災者を配慮して発売中止。同年、アルバム『KATMANDU』をリリース。120万枚のミリオンセラーを記録。以降、オリジナルアルバムでミリオンセラーから遠のくが、アルバム8作品、8年連続ミリオンというソロ歌手歴代最高の記録を樹立。
1996年、荒井由実名義で活動を再開。荒井時代に三木聖子に提供した楽曲『まちぶせ』をセルフカバー。
1997年、名義を松任谷由実に戻し、アルバム『Cowgirl dreamin'』をリリース。1位を獲得し、70万枚を売り上げるが、同年、アルバム『スユアの波』が、1981年以来の1位を逃し、最高2位を記録。連続アルバム首位獲得年数記録が18年で途絶えるが、歴代最高である。
1998年、初の公式ベストアルバム、『Neue Musik』をリリース。爆発的に売れ、女性歌手二枚組アルバム歴代最高の380万枚を売上げる。オリコン歴代アルバム売上15位。同年、総制作費30億円を費やしてサーカス・シンクロナイズドスイミング・インラインスケート他とコラボレーションしたライブツアー『シャングリラ』を敢行。
2000年代以降
2001年、公式バラードベスト『sweet, bitter sweet~Yuming Ballad Best』をリリース。荒井由実と松任谷由実の両方の楽曲を収録した初のアルバム。週間1位を獲得し、90万枚を売り上げる(充分な売上ではあるが、ミリオンセラーを記録出来なかったのは上述の『Neue Musik』とかなり多くの収録曲が被っているせいではないかと思われる)。
2003年、サーカスとコラボレーションしたライブツアー第二弾『シャングリラII』を敢行。総制作費40億円以上。ステージ上にリアルアイスの巨大なスケートリンクを設置。
2005年、第56回NHK紅白歌合戦に、香港から中継で出場。『松任谷由実 with Friends Of Love The Earth』名義で出場し、愛・地球博のテーマソング、『smile again』を歌唱した。
2007年、シャングリラシリーズ第三弾、『シャングリラIII』を敢行。センターステージおよび、一瞬で床に出現するプールなどの舞台装置。夫妻と親交が深いシンクロナイズドスイミングのヴィルジニー・デデュー(フランス)を起用。制作費40億円以上(※ただしプロデューサー松任谷正隆は「それは公式発表で、実際には前回よりかかっている」と発言)。
シャングリラシリーズ全3作のサーカス団員の殆どがロシア人で、日本とロシアの橋渡しに貢献した実績が認められ、ロシア政府からエカテリーナ大帝一等勲章を授与される。
2011年、第62回NHK紅白歌合戦に松任谷由実ソロ名義で初の出場。『春よ、来い』を歌唱し、紅組勝利に貢献する。
2012年、デビュー40年の節目にベスト・アルバム『日本の恋と、ユーミンと。』をリリース。ユーミン史上最高の公式ベストと銘打たれ、初週30万枚を売り上げ、1位を獲得。これにより1970年代、1980年代、1990年代、2000年代、2010年代の五年代に渡り1位を獲得した唯一のアーティストとなった。後年にミリオンを突破し、記念盤も製作された。
2013年、荒井時代の作品ひこうき雲がアニメ映画『風立ちぬ』の主題歌に起用され、発売から40の時を経てiTunesで1位を獲得するという歴史的なリバイバルヒットを果たす。
2020年 - DMM.comにて展開されているパソコン及びスマートフォン用ゲーム「刀剣乱舞-ONLINE-」の新主題歌「あなたと 私と」を担当することを発表。
主な記録
- アルバム史上初のダブルミリオン達成(1991年、アルバム『天国のドア』にて)
- CD史上初の初週ミリオン獲得(1991年、アルバム『DAWN PURPLE』にて)
- 女性ソロアルバムミリオンセラー獲得記録(歴代最高の9作品。うち三作品がダブルミリオン以上)
- 年間アルバムチャート連続1位獲得記録(歴代最高の3年連続。1989~1991年)
- アルバム1位連続獲得記録(連続最高の18年連続。尚、現時点で最短でこの記録を越えうる可能性があるアーティストは嵐で、11年連続首位獲得記録保持しており、現在も継続中。しかしそれでも8年かかる)
- アルバム1位獲得記録(女性ソロ最多の23作品)
- アルバムTOP10獲得記録(女性ソロ最多の47作品)
- 10年代置きのアルバム1位獲得記録(アーティスト歴代最高の50年代連続1位獲得。1970年~2010年)
- アルバム総売上(ソロ最多の3055万枚)
- アーティスト総売上(歴代6位の3912万枚。ソロ歌手歴代2位)
他アーティストとの関係
- 中島みゆきとはデビューが近かった事もあり、ライバルとして意識していた時期がある。ユーミン自身もラジオで「(みゆきは)凄く才能がある人。女として唯一認めている」、「私がせっかく乾かした洗濯物をジトーッと濡らしてしまう小糠雨(こぬかあめ)のよう。でもそうやってこれからも一緒に、日本の生地に風合いを出していきましょう」と言及しており、中島自身もユーミンをラジオで言及するなど、互いに良きライバル同士であった事が窺える。何度かラジオで対談しており、中島みゆきのオールナイトニッポンにゲスト出演した際には互いにゲラゲラ笑い合いつつ皮肉を言い合う凄まじい舌戦を見せた。また、この日のオールナイトニッポン収録日に中島みゆきは吉野家の制服で収録にのぞみ、ユーミンは『やっぱこの女には敵わない』と言わしめた。
- 同じニューミュージック系の重鎮である竹内まりやにはラジオで「やってる事に面白みが無い」と発言していたが、互いの家を行き来するなど、プライベートでは仲が良い。なお竹内の夫であり、ミュージシャンである山下達郎はかつて荒井由実時代から楽曲のレコーディングに参加してたサポートミュージシャンであった。
- 宇多田ヒカルをお気に入りのアーティストの一人として上げており、「彼女の魅力はとてもフラジャイルな歌声。守りたくなるような声をしてる。これは天性のもの」と、高く評価している。ちなみに両者は誕生日が同じ(1月19日)上に、オリコン史上アルバムアルバムチャートで初週ミリオンを初めて達成したのは上述通り松任谷(「DAWN PURPLE」)だが、初週トリプルミリオンを初めて達成したのは宇多田(「distance」)と奇妙な縁がある(なお、初週ダブルミリオンを達成したのはGLAY(「REVIEW」))。
- 最近ではももいろクローバーZがお気に入りであるとも公言しており、モノノフである可能性がある。イベントでももクロと対談した際、ももクロ風に「産まれた時からオカマ声。心は時々オカマです。松任谷由実!」と自己紹介するなどお茶目な一面を覗かせた。
- 50周年記念ベストコラボアルバム制作の際には、コラボするアーティストを自ら指名しており、インタビューにてYOASOBI、GLIMSPANKYのファンであることを明かしている。
主な楽曲
荒井由実時代
- ひこうき雲:1973年に発表、1stアルバムのタイトル楽曲。2013年に映画「風立ちぬ」の主題歌に起用される
- やさしさに包まれたなら:1989年の映画「魔女の宅急便」のED曲。
- 卒業写真(荒井由実の楽曲):元々はフォークトリオ・Hi-Fi Setのメジャーデビュー楽曲
- ルージュの伝言:「魔女の宅急便」のOP曲。2022年の映画「すずめの戸締まり」でも、劇中歌として使用されている。
- あの日にかえりたい:1975年リリース、ドラマ「家庭の秘密」主題歌
- 中央フリーウェイ
松任谷由実
- 恋人がサンタクロース:元々は1980年のアルバム『SURF&SNOW』収録曲、1987年公開の映画「私をスキーにつれてって」主題歌に起用されて以来ゲレンデの定番
- 守ってあげたい:1981年公開映画「ねらわれた学園」主題歌。枢斬暗屯子の出囃子。
- 時をかける少女:1983年に原田知世に提供した楽曲。原田主演の同名映画の主題歌。
- VOYAGER〜日付のない墓標:特撮映画「さよならジュピター」主題歌、2021年新劇場版「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」で林原めぐみがカバー
- ノーサイド:ラグビーを題材にした楽曲。ラグビーワールドカップ2019が日本で開催された2019年の紅白歌合戦でも歌われた。アニメ「ALLOUT!!」のEDで、瀧川ありさがカバーしている。
- ANNIVERSARY(〜無限にCALLING YOU〜):KDDCM曲
- リフレインが叫んでる:三菱・ミラージュCM曲
- 真夏の夜の夢:ドラマ「誰にも言えない」主題歌
- Hello,my_friend:フジテレビ系ドラマ「君といた夏」主題歌
- 春よ、来い:NHK朝の連続テレビ小説「春よ、来い」主題歌
- まちぶせ:1976年、荒井由実時代に三木聖子に提供した楽曲だが、1981年に石川ひとみがカバーして大ヒット。
- 輪舞曲(ロンド):日本テレビ系ドラマ「たたかうお嫁さま」主題歌