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スナッキーで踊ろう

すなっきーでおどろう

1968年にプリマハムの新製品「スナッキー」発売に先駆けて発表された、海道はじめによる歌謡曲。日本初のCMソングである。
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概要

「スナッキーで踊ろう」とは、1968年にプリマハムの新製品「スナッキー」発売に先駆けて発表された、海道はじめによる歌謡曲シングル盤レコードである。(作詞/三浦康照 作曲/船村徹
恐ろしい事に日本初のCMソングとなった。

http://m.youtube.com/watch?v=sXv5xa5jMiM
これが問題の「スナッキーで踊ろう」である。まずは、お聞き頂きたい。

謎の歌手・海道はじめ

海道はじめ(静岡県清水市出身 1942年7月24日~)
風呂場でもここまで響かない、と言う程に異常にかけられたエコー。
そして歌い出しは「おおぉおおぉおぉぉ」と言う重厚な雄叫びである。
さらには高音の「あぁあああぁぁぁ」で畳み掛ける。
「地底からの地響き」「地底人の侵略」「地獄谷の咆哮」と称される。
著作権を考え、歌詞には極力触れずにおくが、「せんなか~~~あーわせてーおんどろぉぉおよぉぉ~ぉほぉおおおお~」と言う、1~3番全てに入ったフレーズは「ケルベロスの遠吠え」の如し。
船村徹のライバル・遠藤実が「こまっちゃうナ」(山本リンダ)を当てていた事もあり、ゴーゴー・ソングとして作曲された。
このレコードを発掘したのはラジオ番組「コサキンDEワァオ!」(TBSラジオ)と言われ、彼を「スナッキーおじさん」として、追跡した事があるとか。
知名度が上がり、ついにはNHKの真面目な番組「ナイトジャーナル」で制作秘話まで取材されたが「スナッキーで踊ろう」は「謎の歌謡曲」呼ばわりされている。

海道はじめ氏のもう一つの顔は民謡歌手・坂越達明である。
地獄谷の咆哮だのケルベロスの遠吠えだのと言われていても、その歌唱力は素人のそれではなく、非常に柔らかく伸びる歌声をしている。
「あの地響きのようなエコー」は、確かにエフェクトもあるが、海道はじめ氏はベルカント唱法(歌いながら舌を高速で動かす事により、自力でエコーっぽい声になる)のスキルを持っている事が判明。レコーディングの際にも発揮していたと語り、その後実現したライブでも披露していた。

この芸名は、東海道一」と言う意味らしい。
海道はじめ氏は中野ブロードウェイ2F・麦とろ専門店「丸子亭」のオーナーだが現在は故郷の静岡市清水区へ帰り、そちらでも民謡ライブ茶寮「麦とろ・丸子亭」を経営し、民謡教室も開いている。

スナッキーって?

プリマハムが1968年に発売した、そのまま加熱できるレトルト・パッケージ入りのソーセージで、若者をターゲットとしていた。
しかしコンビニどころかスーパーマーケットすら少ない時代であり、販売は不調に終わった。

およそ50年も前の当時、現代のようなCMソングや広報は無かった。
当時のプリマハムが編み出した広告戦略とは、この禍々しい盤を、製品に先駆けてリリースする事で、社員たちはラジオにリクエストの葉書を書かされていた。
しかし露骨な宣伝が控えられていた時代。「絶対にプリマハムとは書くな」と言う掟があったと言う。
じゃあスナッキーとは何かと言うと「アメリカから来た新しいリズム!」と言う事にされ(完全にでたらめである)、これを毎日流し聞かせヒット、そこへイケてる名前のスナッキーを発売すれば、もう若者は夢中!!と言う目論見……であった。
また、海道はじめ氏はジャケットでチェックのネクタイを手前にかざす。スナッキーのパッケージもチェック柄で、若者はそれを見て思い出す(筈)。広告戦略とは言うが、サブリミナルの域ではないのか。
だがしかし、まだ広告戦略も何も無い時代の試行錯誤であって、興味深い事でもある。
スナッキーは大失敗したが、彼の咆哮は今日も響く。
あまりにも強すぎるインパクトのため、復刻版CDまで出ているのだ。

スナッキーガールズ

この曲のバックダンサー/コーラスとしてデビューした「スナッキーガールズ」は、小山ルミ(ケメ子)、吉沢京子(ミミ)、風吹ジュン(ハニー)という後の世に名を成した錚々たる顔ぶれ…とされてきたが、風吹ジュンの参加は誤情報で、ハニーは羽太幸得子であった。

ハートキャッチプリキュアとの関係

この作品に当時するザコ敵の名前がスナッキー。
おそらくその連想からか、2人が踊るエンディングにこの曲を付けた動画が。
しかしそれはイントロから完璧に歌と踊りがシンクロしており、必見である。
年代はもちろん、字幕の歌詞とのギャップもまた素晴らしいものがある。

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