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ラヴレンチー・ベリヤ

じんるいしじょうさいあくのろりこん

ソビエト連邦の政治家にして、人類史上最低・最悪・最凶のロリコン野郎。
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プロフィール

生年月日1899年3月29日
没年月日1953年12月23日


概要

ソビエト連邦共産党の政治家。かのヨシフ・スターリンが行った赤軍大粛清を執行していた人物の1人であり、独ソ戦下においてはあのカティンの森事件を引き起こした、ソ連版ハインリヒ・ヒムラーとも言える程の鬼畜外道(ちなみにヤルタ会談に出席した際にスターリンは、ルーズベルト大統領に彼の事を「うちのヒムラーです」と紹介している)。

スターリン死後、第一副首相に任命され実質的な最高指導者として経済の自由化を推進しようとするが、ニキータ・フルシチョフとの政争に敗れた挙句、国家反逆罪容疑で逮捕され失脚。弁護人・弁明権なしで裁判にかけられ、銃殺刑に処された。

人類史上最低・最悪・最凶のロリコン

女性に対する強姦性的虐待を頻繁に行っており、暇さえあれば彼とその部下はモスクワ市内を車で廻り、気に入った女性をNKVD本部に拉致し強姦していたとまで言われている。

特に犠牲になったのは10代の少女で、自分の事務室に隣接した特別室を独占したり、「ベリヤのフラワーゲーム」と言う遊びのような形で凌辱し、中には殺された少女もいた。事実、トルコ大使館(旧ベリヤ邸)では人骨が何体か発見されている

あまりの所業に、スターリンはこのことを黙認せざるを得ず、失脚後の裁判において事態は明るみとなった。また、フルシチョフは回顧録の中で、その被害者の数はリストに書かれてあっただけでも100人以上に上ると書き残している。

現在でもベリヤの親族が名誉回復を主張しているが、ソ連崩壊後も新しい証言や上述の通り被害者の遺骨が発見されているため、覆ることは絶望的と推測されている。

関連タグ

ソビエト連邦共産党

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