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NKVD

えぬかーゔぇーでー

1946年までソビエト連邦に存在した行政機関。諸外国の内務省に当たるが、秘密警察や諜報機関など様々な業務を一手に引き受け、強権的統治の象徴的存在であった。
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NKVD(НКВД)は1934年から1946年までソビエト連邦に存在した人民委員部(省庁に相当)。内務人民委員部と訳される。

概要

現在の日本では秘密警察諜報機関として敵対国のスパイや政治犯の摘発・逮捕処刑などを行う機関という印象が強いが、実際には通常の警察業務も一手に担っていたため、かなり広い権限を持った強力な組織であった。

1930年代の大粛清でもその能力を遺憾なく発揮した(し過ぎた)が、1930年代半ばには初代人民委員(長官)のゲンリフ・ヤゴーダがゴタゴタの末に解任された後に「『ドイツのスパイだ』と”自白”した」として処刑され、解任後に就任したニコライ・エジョフも熱心に粛清に取り組んだがスターリンの不興を買ったたえめに2年ほどで退任する羽目になり、その後処刑された。一説によれば行き過ぎた粛清で各機関が機能不全になりつつあったためとされる。
後任にはラヴレンチー・ベリヤが就任している。

大祖国戦争

第二次世界大戦(大祖国戦争)では、国防人民委員部の元にある赤軍と別の指揮系統で活動し、敵のスパイやパルチザンの摘発、捕虜の尋問、処刑といった活動した。
また、スターリングラードでは赤軍兵の規律を維持する督戦隊として「一歩も退くな! 」の一文で有名なソ連国防人民委員令第227号を根拠に、許可なく退却したり、逃亡、投降する味方将兵を射殺・処刑するなど味方に対しても容赦なく実力行使したとされている。

1946年に内務省に改組され、1954年には諜報や秘密警察といった国家保安業務を専門とするKGBが設立された。

関連項目

ソビエト連邦 共産党 社会主義

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