上には上がある(トムとジェリー)
うえにはうえがある
1940年2月10日に公開された、記念すべきトムとジェリーの第1作目。原題は『Puss Gets the Boot』。
1930年代後半、当時のアメリカのアニメーション(カートゥーン)は、ディズニーとフライシャー・スタジオの2社がしのぎを削っている状況だったが、それ以外の映画会社も負けじとカートゥーンを制作していくことになる(例えばワーナー・ブラザーズでは1930年代後半にポーキー・ピッグやダフィー・ダックが主役の話が制作されていた)。
当時ハリウッド最大のスタジオであったMGMも例外ではなく、1937年にカートゥーン・スタジオを設立することになった。しかし、この頃のMGM制作の作品は数多く制作されたものの、いずれも失敗に終わり、スタジオは常に不安定な状況であった。
そんな中、フレッド・クインビーがMGMカートゥーンスタジオに呼んだウィリアム・ハンナとジョセフ・バーベラは、ネコとネズミを主役とした話を思いついた。他のスタッフや同僚に「ネコとネズミなんて陳腐な題材から、どれほどバラエティ豊かな作品が出来るんだ?」と冷笑されていたものの、それに対して二人は「少なくとも、スタジオの他の誰よりも酷い作品を作ることはないだろう」と考えていた。二人はクインビーにそのアイデアを持ち込み、クインビー自身は関心を示さなかったが、1本だけの前提で製作することを許可。
そして、プロデューサーのルドルフ・アイジングによる自由な制作体制という援助も受けたことで企画は進行することになり、本作は完成することになった。
こうして、記念すべきトムとジェリーの第1作目である本作が誕生したのだ。
とある広い屋敷でペットとして飼われているネコと屋敷に住み着いているネズミのお話であり、ネズミがネコの遊び道具として遊ばれているシーンから始まる。
ネズミを遊び道具にして圧倒的優位に立っていたネコだったが、ネズミに左目を思いきり突かれたために隙を許してしまう。怒ったネコはネズミを追いかけるが、その追いかけっこで植木鉢を乗せていた台に激突。植木鉢とそれを乗せた台を壊してしまう。
植木鉢を壊したネコに対してお手伝いさん(本作で初登場)は激怒し、ネコに向けて「今度何か壊したら家から追い出す」と警告。これにより、ネコとネズミの立場は逆転し、これ以上物を壊さないよう注意を払うネコに対して、ネズミはワイングラスを床へ落とそうとする作戦に出た。
形勢を逆転されたネコは悔しがるが、床にソファーのクッションを並べることでグラスを落とされても割れない対策を施すと再び立場は逆転し、今度はネズミが逃げる立場になる。しかし、既に手遅れでネコに捕まってしまい、ネズミを高く放り投げて食べようとするが、偶然にもネズミは天井近くの棚に飾られた皿をトムの頭上に次々と落としていき…。
ネコがタワーのように積まれた皿などの割れ物を壁際で支えている間、ネズミは最後に残った皿を投げ飛ばす。その皿は割れ、お手伝いさんがネコを追い出そうと階段から下りてきた。そして、ネズミはネコの尻を勢い良く蹴って、ネコが持っていた割れ物を次々と落として壊した。その結果、ネコはお手伝いさんに追い出され、それを見送ったネズミは巣穴の中で帰ったのだった。
- 本作のトムとジェリーについて
既にこの記事のメイン画像を見た人ならもう理解していると思うが、本作のトムとジェリーの名前はお互いに異なり、ネコはトムではなく「ジャスパー」、ネズミはジェリーではなく「ジンクス」という名前で登場した。この内、前者はお手伝いさんの台詞でその名前が登場するが、後者については一度も呼ばれていない。
また、キャラクターデザインも本作とそれ以降の作品とはデザインがかなり異なっている。トムの場合は子ネコの体形に近く、ジェリーの場合は痩せていて、より本物のネズミに近いデザインになっていた。
なお、名前については、後に次回作の「真夜中のつまみ食い」以降、現在の名前に変更されている。
その関係もあり、監督のジョセフ・バーベラは後年、本作について「シリーズ第1作ではないが、その直系の先祖にあたる作品であった」と述べていた。しかし、本作の公開から82年後の2022年に、本作の劇場初公開日を「トムとジェリーの誕生日」として、記念日に制定されたことから、多くのファンは本作をトムとジェリーの第1作目として認識されている(実際に本作の公開から85年後の2025年2月に配信された「とむとじぇりーごっこ」第18話では、本作の劇場初公開日をトムとジェリーの誕生日として設定されている)。
ちなみに、トムとジェリーの名称が異なっているという理由もあるのか、1950年代に制作された「南の島」までの殆どの作品は再公開された経験を持っているのに対して、本作は再公開することは一度も無かった(再公開されなかった作品は本作以外にも総集編の立場である「ジェリーの日記」や、シネマスコープ版の作品にリメイクされた経験を持つ「台所戦争」「ここまでおいで」などが存在している)。
なお、日本語吹き替え版では、第2作目「真夜中のつまみ食い」以降の話との統一するために、名前がそれぞれ「トム」と「ジェリー」に変更されている。
- 本作の公開時間
本作の上映時間は9分8秒であるが、実はトムとジェリーの作品の中では最も上映時間が長い話でもある。そして、唯一の上映時間が9分を超える作品でもある。
予告・宣伝もろくにせず劇場公開された本作だったが、それでも本作は人気が高まることになった。しかし、それに対してクインビーが、「1つの籠に卵を全部入れたくない」との理由で続編禁止令が出てしまうことになる。それを聞いたハンナとバーベラは不本意ながらも、他の作品アニメ製作に焦点を当てることとなってしまった。
しかし、本作の注目度はかなり高く、本作の公開から1年後に開催された第13回アカデミー賞では、短編アニメ賞にノミネートされることになった(ちなみに当時はそれまで何度もアカデミー賞を受賞してきたディズニーのカートゥーン作品は一つもノミネートされず、アカデミー賞を受賞したのは同じくMGM作品の「ネコたちの風船旅行」(原題:『The Milky Way』)。また、第13回アカデミー短編アニメ賞にノミネートされた作品の中には、バックス・バニーの初デビュー作品「野生のバニー」(原題:『A Wild Hare』)もノミネートされていた)。この影響で、テキサス州の大物劇場経営者であるベッサ・ショートがクインビーへ「いつになったらあのネコとネズミの話の新作を上映できるのか」と尋ねる手紙を送った。
この手紙によって状況が一変することになり、本作の公開からおよそ1年5ヶ月後、トムとジェリーの第2作目となる「真夜中のつまみ食い」が公開される形になる。こうして、トムとジェリーはシリーズ化することになり、その後、「勝利は我に」「ネズミ取り必勝法」などのアカデミー短編アニメ賞を受賞した作品を生み出すなど、トムとジェリーの人気は上昇、現在でも人気が高い作品と変化したのだった。