日本の編集者。
1968年、早稲田大学を卒業し、集英社に入社。創刊されたばかりの「少年ジャンプ」編集部に配属される。
吉沢やすみ、コンタロウ、小林よしのり、ゆでたまごなど、ギャグ漫画家の発掘に才能を見せた。『1・2のアッホ!!』(コンタロウ)にはノロ和、『キン肉マン』(ゆでたまご)にはアデランスの中野さんとして登場。アデランスの中野さんはアニメにレギュラー出演していたため知名度が高く、海外では感極まった『キン肉マン』ファンに抱きつかれるなどした。
1982年、西村繁男編集長の元、副編集長を務めていたが、もう一人の副編集長・後藤広喜としばしば意見が対立した。西村は新人漫画家の作品を載せるための「フレッシュジャンプ」を創刊し、中野をそちらの副編集長に異動した。
1986年、「フレッシュジャンプ」の2代目編集長となる。中野は独立志向を強め、「フレッシュジャンプ」は新人育成の役割から逸脱してゆく。
1988年、「週刊少年ジャンプ」は新人育成のための増刊号を刊行する破目になり、発行人に昇格していた西村は「編集方針の支障になっている」として「フレッシュジャンプ」を休刊とし、「月刊少年ジャンプ」「月刊少年ジャンプ増刊ジャンプオリジナル」「スーパージャンプ」で執筆陣の大幅な再編が行われた。解任された中野は集英社の子会社・集英社インターナショナルに出向した。
2023年3月18日、東京タワー・フットタウンで『アニメ放送40周年記念「超キン肉マン展」』が開催され、アデランスの協力によりアデランスの中野さんのヘアスタイルが忠実に再現された(中野は「ヅラのように見えるヘアスタイル」であって、ヅラではなかった)。
7月、死去(77歳歿)。死因は非公表。