概要
角南攻(1944年1月1日~2014年8月7日)
日本の漫画編集者、脚本家。集英社で「週刊ヤングジャンプ」、「ビジネスジャンプ」の編集長を務めた。
略歴
1944年、名古屋市(愛知県)に誕生。『おもしろブック』(集英社)を愛読し、落書きばかりしている少年だった。
1962年、京都大学を受験するが不合格。早稲田大学に入学するが中退して再び京都大学入学を目指す。
1964年、京都大学を受験するが不合格。早稲田大学に復学。
1968年、集英社に入社。『少年ブック』(『おもしろブック』が改名)の編集を務める。
1969年、青年漫画雑誌『ジョーカー』に携わる。その後、少年漫画雑誌の創刊に携わり、雑誌名を『少年ジャンプ』とする事を提案し採用される(後に『週刊少年ジャンプ』)。「トイレット博士」(とりいかずよし)、「ハレンチ学園」(永井豪)等の担当編集を務めた。
1979年、『週刊ヤングジャンプ』立ち上げに参画し、初代副編集長となる。
1983年、『週刊ヤングジャンプ』編集長に就任。労働組合の委員長も兼務。
1985年、『ビジネスジャンプ』立ち上げに参画し、初代編集長となる。
1992年、系列会社の白泉社に異動し、『ヤングアニマル』の立ち上げに参画した。
1997年、白泉社の常務取締役に就任。
2014年、肺癌のため死去。享年70歳。「メタクソ編集王 『少年ジャンプ』と名づけた男」(竹書房)が出版された。
余談
- 早稲田大学の学園祭で喫茶店を経営して得た金で相模大野駅前に土地を買ったが、土地ブローカーによる詐欺だった。これに懲りて宅地建物取引士、不動産鑑定士の資格を取る。
- 新聞社に就職したかったが、就職部で「君は早大闘争の際に写真を撮られてるから駄目」と言われて諦める。
- 梶原一騎とは気が合い、軽口もたたける仲だった。
- 「トイレット博士」のスナミ先生のモデルとして知られる。性格も家族構成も角南と同じで、中日ドラゴンズの大ファン。その後も度々「パーマ、ギョロ目、濃い髭剃り跡」のキャラクターとして他作品に登場。
- 西部警察(テレビ朝日)の脚本家のゴーストライターを務め、『週刊ヤングジャンプ』編集長の給料よりはるかに稼いでいた。
- 1979年にオカルト雑誌『ムー』(学研)に連載を持っていた。当時流行した口裂け女の「ポマードと唱えると逃げる」等の設定を考案し、噂を伝播させることに成功。