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解説

日本の男性漫画家。1970年代に少年ジャンプに連載された漫画『ど根性ガエル』の作者。

長女は漫画家イラストレーター大月悠祐子(旧名:かなん)。その夫、大井昌和も漫画家である。

デビューから失踪、そして現在


デビュー作にして最大のヒット作である『ど根性ガエル』は二度のアニメ化がされ、20代で一軒家を建てる等、売れっ子漫画家として活躍していた。
しかし、同作の終了後はヒット作に恵まれない日々が続き、とうとうスランプから抜け出せず、ついにある日、スタッフを家族をも捨てて失踪してしまった。
そのスランプの度合いは漫画家として再起不能にまで陥ったほどで、絵を描く事自体苦痛になっていたという。
スランプ期・失踪期はギャンブルにのめり込み、失踪後帰宅した時はわずか千円札一枚しか手に持っていなかった。なお、当時の収入で築いた財産は、ほぼ全てギャンブルで食いつぶしてしまったという。
その後は看護師の資格を持っていた妻の稼ぎと、警備員の仕事などで糊口をしのぐ生活を送っていたが、ドラマ『ひとつ屋根の下で』においてピョン吉Tシャツが登場した事からど根性ガエルが再び注目され、ソルマックのCMでど根性ガエルが採用された事でなんとか生活が安定に向かった。

この事もあってか息子の吉澤康宏氏(レントゲン技師)は漫画家がいかに不安定な職業であるかを目の当たりにし、その道に進む事はひとつも考えなかったと後年、田中圭一のマンガ『ペンと箸』第8話で語っている。⇒ウェブによる掲載ページ

生活が苦しくなった時、ピョン吉が助けてくれたとは本人の弁。ドラマ化の話は実際再び老後の先行きに不安が見えていた矢先の話であったという。

漫画家としての活動は既に行っていないが、絵を描くのが苦痛になっていた事は孫(康宏の子供)と一緒に絵を自由に描く事と互いに褒め合う事で少しずつ改善されているという。

ただし、これは息子の視点であり、娘の視点からは美談とは到底言えない壮絶なものだった。


大月悠祐子(娘)から見た吉沢やすみ


大月悠祐子が2015年から連載している『ど根性ガエルの娘』(週刊アスキー(KADOKAWA)→ヤングアニマルDensi(白泉社)→マンガPark(同上))にて描かれる吉沢は徹底した畜生であり、娘側の視点では吉沢家は家庭崩壊かつ機能不全家族という衝撃的なものであった。
これまで表に出ていなかった父のDVとそれに伴う母の異常さが赤裸々に語られている。また、大月の弟である康宏も、虐待を受けながらも父をうまくあしらえない姉を内心馬鹿にしていた、と作中で語られている。

当作はいわゆる実の娘による暴露本である。なお、大月によると決して過去の話ではなく現在進行形であるとのこと。

第10話までは掲載されていた週刊アスキーの担当編集の方針で「酷い話を読者は読みたくない」から「感動の家族再生ストーリー」として進めようとしており、暴露本としての側面はあまり見られない。
しかし、第1話の時点ですでに、吉沢がど根性ガエルで度々描かれた自画像やメディアに顔出ししていた一見穏やかな風貌とは別人のようなみすぼらしい姿でありながら目が一目で常人ではないとわかるタッチで描かれている。

その為、最初に何も知らずに読んだ中にも、この描写でおかしいと気付いた人がいたようである。実際にそれが急展開に繋がる伏線であったわけだが……。

田中圭一がどこまで吉沢家の事実を知っていたかは不明であるが、「ペンと箸」第8話を読んだ上で「ど根性ガエルの娘」の第15話を読むと、ど根性ガエルで親しんで来た人にとっての吉沢やすみ像ならびに「ど根性ガエル」の人情的な作風のイメージが粉々に砕ける可能性がある。

娘との関係の変化


吉沢は2016年に長年の不摂生の影響で脳卒中に倒れ、一命はとりとめたものの左半身麻痺・視覚障害といった後遺症が残ることとなった。
その後、『ど根性ガエルの娘』3巻を読んだ際、彼はそれまでの自身の所業を認めた上で、「本当に起こったことをそのまま描きすぎている」「西原理恵子のようにユーモアを交えてオブラートに包め」とアドバイスしたと『ど根性ガエルの娘』内で描かれた。また、もともと娘が漫画を描くことについては「自分はどのように描かれても構わない」としていた。

関連タグ

漫画家 少年ジャンプ
ど根性ガエル
ど根性ガエルの娘
かなん
大井昌和
吾妻ひでお:同じく実生活が壮絶だった漫画家。

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