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注意!!この記事は冒頭から多くのネタバレを含みます


CV:藤原啓治


概要

ケンガンアシュラの主人公である十鬼蛇王馬の、「二虎流」の師匠。名前も親兄弟も無かった王馬にとっては、名付け親であり父親同然である。長く結った長髪とマントがトレードマーク。

濃い眉に無精髭の渋いイケメンで、女を口説くのが好きな他、武術の指南では「グワーッ」などざっくりとした表現を用いるなど適当な面も多く、王馬からも後に言われているが初見泉に近いイメージがある。
しかし初見同様本気になった二虎は強く、そして容赦がない。最終奥義『鬼鏖』の伝授をする際は(そうしないと伝授できないという事情もあったものの)、本気で王馬のことを殺しに来るような鬼気迫る勢いであった。

奥義伝授後、王馬が「本物の二虎」を名乗る男から与えられた「憑神」(前借り)の能力を、桐生刹那に能動的に発動されて大暴れしているのを二虎が取り押さえ、二度と発動できないよう「枷」を嵌めた。
その後二虎は「本物の二虎」を名乗る男との闘いで負った傷が癒えないまま、桐生刹那の師匠である平良厳山と闘い、死亡したという。

しかし死後も王馬や刹那の前に幻覚(彼らの記憶が勝手に作り出したもので、霊などではない)としてたびたび現れ、時には惑わし、時には叱り、時には導いてもいる。

桐生刹那は元々王馬を「生きる価値のない自分を罰してくれる絶対神」と信じこみ、多くの犠牲を払いながら探してようやく見つけたのだが、その時はちょうど王馬がただの子供として二虎に扱われているところであったため、二虎のことを「神を堕落させた」として激しく憎んでいる。
『憑神』を使用した王馬は刹那の理想とする絶対的な神の姿で、この状態の王馬に殺されることこそが刹那の永遠の望みなのだが、それすら二虎に阻止されたことでさらに憎しみを増したようだ。またその関係で、王馬が『憑神』を使わない状態で二虎から教わった技で敵にトドメを刺すと、激しく苛立ちを覚える。
一方で刹那は「本物の二虎」を名乗る男から二虎流の手解きを受けているため、二虎流を理解している上に一部の技を使いこなすことができる。

王馬は拳願絶命トーナメント期間中、二虎の幻覚を長く見ており、これに惑わされたこともあったが、最終的には二虎との対話の中で心のわだかまりを解消し、二虎流を使いこなすヒントを得た。

『真相』

しかし物語終盤に黒木玄斎が明かした真相によると、「十鬼蛇二虎」は古流柔術「臥王流」の最後の継承者であった臥王鴾角の弟子全員のことを指すという。

臥王は架空の無法地帯『中』を統一するために長年単独で闘ってきたが成し遂げられず、後の世代に託そうと身寄りのいない子どもたちを選り直ぐって育てた。
『中』の人間であることを示すため、いずれも『中』の地区名である「十鬼蛇」「二虎」を名前に選び、さらに各地での活躍が伝説として独り歩きすることを狙って全員に同じ名前を名乗らせた。
このやり方は半ば功を奏し、「中」はもちろん「外」の裏の闘技者たちにも十鬼蛇二虎の名は轟きわたった。

これに呼応するように反抗勢力たちも力を尽してくるようになったため、臥王は最終奥義を伝授しようと二虎たちとともに餓鬼ヶ原樹海の中に籠る。しかしそこで「何か」が起きて大半の二虎たちが死亡。残りの二虎たちは散り散りになり、臥王もそれきり姿を消した。
王馬の師匠はそのうちの生き残りであり、また「本物の二虎」を名乗る男もその一人の可能性が高い。

臥王は、臥王流から現代に通用する技を抜き出して「二虎流」として再編纂するのに、臥王の旧知の友であった黒木の「怪腕流」の師匠に大いに協力してもらっており、技術的な交流もあった。
樹海の悲劇から10年後には、王馬の師匠の方の二虎が黒木を頼ってきており、両者には面識がある。
こうした事情から、黒木は一部の二虎流由来と思われる技を使用することができる。

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