演:古川琴音
概要
本作の登場人物の一人で、三河本證寺の寺内町にて暮らす踊り巫女。
寺の住職である空誓上人とも親しい関係にあり、一向宗の実情を探るべく潜入した松平家康と空誓とを引き合わせたり、後述の三河一向一揆に際してはこれに深く関与したりと、様々な働きを見せている。
また、番組公式サイトの人物紹介では「歩き巫女」としての側面も強調されており、諸国を歩き巡っては各地の情報を握り、それを元に様々な重要人物とも通じていることが示唆されている、謎多き人物でもある。
作中での動向
初出は第7回「わしの家」。
軍資金不足に悩んだ末、先代からの「不入の権(一種の治外法権)」を差し置いて一向宗寺院からの年貢の徴収に踏み切ろうとした家康は、実際に不入の権を与えるに相応しいかどうか、その実情を探るべく一向宗徒の本拠・本證寺への潜入を試みる。
その際、寺内町にて出会った門徒のうちの一人が千代であり、彼女の導きで空誓上人の説話を聞き、そして踊り念仏に熱狂する門徒たちの姿に触れた家康の頼みに応じ、彼を空誓上人に引き合わせてもいる。
この両者の対話が芳しくない結果に終わり、一向宗への不信を決定付けられた家康が強制的な年貢の徴収に踏み切ったことで、空誓上人と門徒たちが武力蜂起に踏み切ると、千代も「村々に触れを出しな!『進めば往生極楽、退けば無間地獄』!」と煽動に及び、ここに三河一向一揆が勃発することとなる。
この一揆勢と松平勢との泥沼の抗争に際しては、家康の家臣団への切り崩し工作の実行役も担っており、家康の寺内町への潜入の際に面識のあった榊原康政や本多忠勝、それに一揆勢との戦いに消極的であった夏目広次に対し、離反を促す密書を渡しているのが確認されている(※)。
さらに、予てより家康と敵対関係にあった松平昌久や、家康の織田への転属により没落を余儀なくされた吉良義昭など、三河国内の反家康勢力をも焚き付け結託させており、昌久に対しては「松平宗家の座も近いですね」と思わせぶりな態度をとって、彼からは「(宗家に収まったら)お前を妻として迎える」と約束され千代も「嬉しい!」とまんざらでもない反応を見せていた。
・・・にもかかわらず、松平勢が反攻に転じて一揆勢が劣勢に立たされると、昌久をあっさり見捨ててどこかへと消え去ってしまった。
(※ 密書に関してはこれ以外にも、酒井忠次や石川数正などの手にも渡っていることが明らかにされており、直接的な描写こそないにせよこれらにも千代が関与していた可能性はあると考えられる)
正体についての考察
以上に記したように、単なる踊り巫女の一人というにはあまりにも不自然に過ぎる行動の数々や、「千代」という名前、さらには前述の通り「歩き巫女」という側面が強調された人物紹介などといった点も含め、視聴者の中には同時代の歩き巫女の代表格ともいうべきこの人物との関連を疑う考察が、登場直後よりSNS上を中心に多く見られた。
そして前述の通り千代が一揆勢の元から姿を消した後、第9回のラストにて明かされた素性とは・・・。
関連タグ
以下、第9回以降のネタバレ注意
家康がなんとか三河一向一揆を収めたのと同じ頃、甲斐の武田信玄の下にも配下の歩き巫女たちが何人か戻ってきた。
報告のため訪れた巫女の一人に対し、「存外早く一揆を収めたのう」と家康の奮闘ぶりに感心した素振りを見せた信玄は、その巫女から「もう少し、引っかき回しとうございましたが」と返され、それに対して
「望月千代、そなた、松平家康なる将をどう見た」
・・・と、家康の人となりを問うてみせた。
この望月千代なる巫女こそ、一揆勢の元から姿を消していたあの千代その人であった。つまるところ本作における三河の一向一揆は、千代を通じて武田が裏で糸を引いていたことが、このやり取りによって示唆される格好となったのである。
信玄の問いに対し、千代は「才は織田信長に遠く及ばず。私がこれまで見た武将の中でも、最も肝の小さいお方かと」と手厳しい評価を下しながらも、その一方で「ただし、そのことを己自身が誰よりもよく分かっておられる。そういうお方と見受けました」と評している。
これを聞いた信玄は「ほう、おもしろいのう」と何度も呟き不気味に笑うのであった。
信玄の没後から数年が経過すると出奔。長らく行方不明になっていた。しかし、鳥居元忠と結婚していたことが明らかになった。ちなみに、その際に当作では彼女は馬場信春(信房)の娘という設定になっていることが明らかになった。
関連タグ(ネタバレ関係)