大空のサムライ
おおぞらのさむらい
大元は1953年に出版協同社より刊行された『坂井三郎空戦記録』。これとは別にマーチン・ケイディンらとの共著で出版された『SAMURAI!』を経て1972年に光人社から刊行されたものが『大空のサムライ』である。
いずれの著書もゴーストライターの存在が指摘されており、『坂井三郎空戦記録』は福林正之が坂井への取材をもとに執筆、『SAMURAI!』はフレッド・サイトウによる坂井へのインタビューをもとにマーチン・ケイディンが脚色、『大空のサムライ』は『SAMURAI!』を日本向けにアレンジしたものとされている。これについては生前の坂井自身も認めている。
また現在でもよく知られている坂井の撃墜記録64機も『SAMURAI!』のマーチン・ケイディンの創作である。
2009年に光人社より刊行された『坂井三郎「大空のサムライ」研究読本』によると、当時の日米の戦闘記録をもとに検証したところ、複数の空戦の話が混同されていると思しき点が多数確認されている。
1976年には東宝の製作・配給により映画化された。1960年代後半に東宝の戦争映画を多数手がけた丸山誠治監督が手掛けた最後の戦争映画である。
表題は同じだが歴代の坂井の著書から一部エピソードを抜粋したオリジナル作品である。
主演は奇しくも現代のサムライと呼ばれる藤岡弘で、川北紘一が初の特技監督を務めた。実は川北のデビュー作であったことが本作が命拾いするきっかけとなった。
曲がりなりにも東宝特撮映画の一作ではあるが、実は本作のDVDは東宝からは発売されていない。
というのも本作を企画した大観プロダクションなる団体の正体が問題なのである。詳細は坂井の記事に譲るがこれは宗教団体の皮をかぶったねずみ講。すでにねずみ講は社会問題となっていた。
この団体が解散してからは権利関係は宙に浮いた形になったが、川北のドリーム・プラネット・ジャパンが権利を獲得。同社の製作でVHS・DVDが販売されることとなった。
ちなみに同じく大観プロダクションが企画した『岸壁の母』もドリーム・プラネット・ジャパンが権利を獲得したが、こちらのソフト化は果たしていない。
映画の冒頭で坂井本人がインタビューを受けており、「『大空のサムライ』とは私のことではなく、あの戦争で散っていった多くの名もなき飛行機乗りのことだ」と語っている。
さらに続けて「現在は赤十字飛行隊で活躍している」と語っているが、実際に坂井は赤十字飛行隊に所属したことは無く、映画の冒頭の赤十字飛行隊のシーンさえも本人ではなく藤岡が演じている。
零戦の操縦シーンは坂井本人の監修のもとリアルに再現されている。川北は坂井について「粘着質な印象の人だった」と語っている。
坂井三郎:藤岡弘
笹井中尉:志垣太郎
本田二飛曹:伊藤敏孝
中川一飛曹:平泉征
野村一飛曹:島村美輝
大野二飛曹:田辺靖雄
前田二飛曹:福崎和宏
久保二飛曹:麿のぼる
辻井二飛曹:下塚誠
望月一整曹:山本廉
半田飛曹長:島田順司
斉藤大佐:丹波哲郎
大薗中佐:平田昭彦
滝一飛曹:地井武男
木村二飛曹:根岸一正
清水二飛曹:森川利一
有川参謀:辻萬長
志賀:勝部演之
庄司:佐藤仁哉
本田幸子:大谷直子
A少佐:鈴木治夫
B大佐:清水昇
要務士:原田君事
米軍将校:レスター・ラタイル
製作:田中友幸、鈴木慶司
監督:丸山誠治
脚本:須崎勝弥
音楽:津島利章
特技監督:川北紘一
東宝特撮映画の音楽を多数手がけた伊福部昭は、「1970年代に零戦を題材にした映画のオファーがあったが、ある零戦乗りを英雄扱いした作品だったので断った」と本作のことと思われる証言をしている。
川北は当初零戦に似た外観の実機を飛ばして撮影することも考案したが、見つからずラジコンでの撮影に切り替えた。このラジコンも操縦不能に陥り墜落することがあり相当数の機体を製作した。このため東宝戦争映画では珍しく過去作品を流用したシーンがほとんどない。
逆に本作の映像が『連合艦隊』、『零戦燃ゆ』に流用されている。
劇中で着陸に失敗した零戦が爆発するシーンは、本編班と特撮班がそれぞれ同じシーンを撮影した。本編班は当初の脚本通り搭乗員が脱出し、背後で胴体着陸した零戦が爆発するというシークエンスで撮影したが、特撮班は川北のアドリブで機体ごとひっくり返って搭乗員が死亡するという形にした。両方のラッシュを比較検討した結果川北案が採用されることとなった。川北は後年「丸山監督には悪いことをした」と語っている。この機体がひっくり返って爆発する場面は『零戦燃ゆ』にも流用されている。
未使用に終わった本編班バージョンはDVDに収録されている。
クライマックスのシーンでは日本では導入されたばかりのフロントプロジェクションが使用された。
本作のBGMは『燃ゆる大空』のDVD特典映像にも使用されている。