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概要編集

2023年10月15日放送のNHK大河ドラマどうする家康』第39話のサブタイトル。

第39回予告で、茶々が秀吉に秀頼は、あなたの子だとお思い?」と毒づくシーンがあるにはあるが、あまりに身も蓋もない言い回しに、誰の視点によって豊臣秀吉の死を見ているのか視聴者の間で話題になった。

なお、この大河ドラマ…というよりは凡そテレビ番組全般からしてもまるで似つかわしくないサブタイトルに(主に反省会タグにて)怒りの声が上がっていたが、「今作の秀吉には寧ろ相応しい」と評する意見もある。


あらすじ編集

茶々の第二子妊娠に喜ぶ秀吉は、家康の必死の説得を経て明国との和睦を決める。

しかし、三成達が取り付けて来た和議が偽りのモノであったことを知ると

再度朝鮮へ兵を向ける事を宣言。一度は落ち着いたはずの秀吉だったが、再びの暴走が始まった。


都に重い空気が漂う中、家康は三男・徳川秀忠を連れて京で隠居生活をしていた徳川四天王筆頭・酒井忠次を訪ねる。

忠次から最後の願いを託され思い悩む家康に「秀吉が倒れた」との知らせが届く。



候補者編集

小谷城落城後、母・お市をイヤらしい目で見ていた羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)。

本能寺の変後、織田家の主導権争いに敗れた養父・柴田勝家と母・お市が籠る北ノ庄城を攻め自刃に追い込んだ豊臣秀吉に恨みを込めて毒づく。

  • 対抗:徳川家臣団

何度も苦汁をなめさせられた豊臣秀吉の死を知って騒ぐ。

  • 大穴:語り

「神君・徳川家康の生涯」を美化して誰かに教えていた実在の人物が、本能寺の変後の秀吉に恨みを抱いていたことが明らかになり噂通りの人物であることが濃厚になる。


















結果発表編集

副題の意味編集

家康は危篤の秀吉と面会する。唐入りにどう方を付けるのかと問う家康に対して、秀吉は息子の秀頼の事を頼むばかり。

家康は「世の安寧…民の幸せを願うならば、最後まで役目を全うされよ!」と声を上げる。

しかし秀吉は、世の安寧や天下などはどうでもいい、秀頼が幸せで無事に暮らしていけるならそれでいい、と本音を溢した。

更に、己の死後に石田三成の唱える合議制を始めても、天下はいずれ家康が取るだろう、豊臣の天下は己一代きりで終わりとさえ予見していた。


身勝手な秀吉に対して、家康は「だから放り出すのか?唐、朝鮮の怒りを買い…秀次様を死に追いやり、諸大名の心は離れ、民も怒っておる!こんなめちゃくちゃにして放り出すのか!」と怒鳴りつけた。

秀吉は「ああ、そうじゃ。なーんもかんも放り投げて、わしはくたばる。あとはおめぇがどうにかせぇ」と投げやりな様子を見せ、狂った様に笑い始めると咳の発作を起こし倒れた。

家康は秀吉を死なせまいと何度も声を掛けるが、動かない。

本当に死んでしまったのかと焦る家康だが、秀吉は何かに気が付いたかのように頭を起こし笑った。


この猿芝居に家康は更に怒り「大嫌いじゃ!」と吐くが、秀吉は「わしは…おめぇさんが好きだったに」と告げる。

そして、信長が自分の後を引き継ぐのは家康だったと思っていただろう、と悔しさを交えて話した。

だが家康は、信長の天下を引き継いだのは秀吉だ、見事だったと目を合わせて言った。秀吉は「上手くやりなされや」と柔らかい言葉を掛け、家康は「二度と戦乱の世には戻さん。あとは任せよ」と誓った。


別れ際、家康は目に焼き付けるが如く秀吉を見つめてから去り、秀吉は家康の背中を見つめていた。

即ち、今回の副題は秀吉による自虐である。


茶々の言葉の真意編集

大方の予想通り茶々視点の状況であったが、上述した台詞の後に「秀頼はこの私の子 。天下は渡さぬ。」と続いている。つまり「秀頼の親権は秀吉ではなく茶々にある」と言った感じの意味合いであった。

秀頼の出生については諸説がある(石田三成説・大野治長説が有名)が、本作では秀吉の子で間違いないようだ。


関連タグ編集

大河ドラマ どうする家康

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