概要
江戸時代に整備された五街道(東海道、日光街道、奥州街道、中山道、甲州街道)の一つ。
江戸日本橋を起点として千住から白河(福島県)に至る。正式には日本橋から宇都宮(栃木県)までが日光街道と重なっていて、宇都宮から白河までが単独の奥州街道であった。ただし一般的には、白河から北、三厩(青森県)に至る道を奥州街道と呼ぶ場合がほとんどである。これは日本一長い街道で、およそ900キロあった。
白河までは江戸幕府が、白河以北は沿線の各藩が管理していた。主に東北諸藩の参勤交代の交通・連絡に用いられたが、江戸時代中期には蝦夷地開発のため、末期にはロシアからの蝦夷地防衛のために往来量が増加した。
大名だけでなく多くの文人墨客も奥州街道を歩いた。松尾芭蕉による奥州への旅の紀行文『おくのほそ道』は広く知られている。
明治6年(1873)に陸羽街道と改称され、現在は大部分が国道4号となり、並行して東北自動車道、八戸自動車道が通っている。