経歴
1991年12月5日生まれ、和歌山県日高郡美浜町出身。
左投左打、背番号『11』⇒『21』。
高校時代(智弁和歌山高)では1年春からベンチ入りし、1年夏・2年春・夏と三季連続で甲子園に出場。
3年夏は調子が悪いながらベスト8入りした。
2009年オフのドラフト会議で中日ドラゴンズから菊池雄星の外れ1位として指名を受け、プロ入り。
3年目・2013年の開幕2戦目で初登板、数日後に先発投手の乱調からリリーフ登板して1回を三者凡退に抑えた。その後逆転したためこれが初勝利に。
2014年、先発投手陣が手薄だったことから開幕ローテーション入りを果たす。しかし炎上、好投を繰り返す不安定な成績 先発ローテから外れてしまう。その後、リリーフとしての調整を経て、一軍復帰。一軍復帰後は安定したピッチングを見せ、リリーフのままシーズンを終えた。以後、中継ぎ(セットアッパー)として戦力に。
2016年、「侍ジャパン 野球オランダ代表 野球メキシコ代表 強化試合」の日本代表に中日から唯一選出された。更に翌年の「2017 ワールド・ベースボール・クラシック」の日本代表に平田良介と共に選出。
2019年は守護神ライデル・マルティネスが国際大会出場に伴う離脱に伴い、復帰するまで一時的にクローザーを担った。
2020年以降は精彩を欠いたたため、2023年はサイドスロー投法への変更に挑戦。しかし開幕前のキャンプでの練習試合で右大腿骨骨折の重傷を負い、シーズンを棒に振った。怪我からの回復までの間、翌2024年は育成契約に切り替えられた。