幸せかどうかは自分で決める_大切なのは〝今〟なんだよ
まえをむこうーいっしょにがんばろうよーたたかおう
幸せかどうかは自分で決める
大切なのは〝今〟なんだよ
ある冬の日。
雪が積もる山中で向き合う竈門兄妹。
" ごめん… "
" 謝らないでお兄ちゃん どうしていつも謝るの? "
兄・炭治郎は口癖のように「ごめん」と言っていたのだろう。しっかり者の妹・禰豆子へ苦労ばかりかけてと。
竈門家は裕福な家庭ではなく、当時は自分たち含めて6人の子どもを母一人で育てていた。祖母と父がいた頃もあったが、既に亡くなり7人家族が生きていくため、長男長女の自分たちが-齢15にも満たない少年少女は-家業の炭焼きや家事の手伝いを率先する質素な暮らし。大変な事は多く、僅かなゆとりがあっても下の兄妹たちへ分けてあげ、自分の事は二の次が当たり前の生活。
鬼になる前、面倒見の良い妹・禰豆子は、いつも同じ着物を直しながら家事の手伝いや裁縫などをして働いていた。お金の余裕ができても、それは自分(わたし)ではなく幼い下の子たちにいいものを食べさせてと、己のことはお構いなしだった。
その献身的な姿を兄・炭治郎は誇りに感じると共に、最愛の妹へ苦労をかけてばかりだと悲観していたようだ。妹は、表面では朗らかな様子でも内面では苦難を耐え忍んでいると思える光景に兄は心を痛め、だからこそ「(禰豆子に苦労ばかりかけて)ごめん…」と後ろめたいような気持ちや言葉が漏れていたのだろう。
でも止めて。
真面目で慈しい炭治郎だからこそ、何か良くない事があると悪く考えやすく、自分(おれ)がしっかりしていればと責任を抱え込みやすい性分に禰豆子は怒った。まるで裕福な暮らしが出来ない事、綺麗な着物がない事とかが悪いように思っている。誰かのせい己のせいと重く抱え込みやすくなっている。そんな考えをしてしまう事や、羨みや僻みの言葉や気持ちが出やすくなるのは、大なり小なり誰しもあるだろう。
だけど人生は思い通りにならないと禰豆子は諭した。
精一杯頑張っても駄目な事はある。生きていれば辛い事、苦しいこと、悲しいこと、色んな事に遭遇する。
だから―
幸せかどうかは自分で決める
大切なのは〝今〟なんだよ
前を向こう
一緒に頑張ろうよ
戦おう
突然に最愛の祖母や父が亡くなって、確かに家族は辛く大変な現実の世界にいる。まだ幼い子もいて、大人が一人だけの暮らしは裕福ではない。苦労の連続で下を向いてしまうような心情になりそうなのは当然だ。
でも乗り越えよう。
人生は思い通りに進まず、思いがけない禍福の連続はあると、10と数年を生きた少女は理解していた。心が重くなれば下ばかり、誰かの背ばかり見ていたら前へ進めない。だから立ち向かわなきゃ。乗り越えなきゃ。そんな先(みらい)へ進もうとする意志を告げる。
そして禰豆子(わたし)の決心、人間の強かさを諭す。
〝今〟をどう思うかは自分で決めれる。誰が何と言おうと、それらを乗り越えてやる意志を持つことができる。たとえ実の家族でも、最愛の兄でも、私のあるがままな心を変えられないと主張すると共に、辛い現実なら自分(わたし)も一緒に支えて生きる心優しい意思をみせた。
嘗て最愛の妹が、まだ人間だった頃に教えてくれた「どんな〝今〟も戦い続ける心」を顧みた兄。この「思い出」からふたたび活力を奮い起こし、体はボロボロでも、どれだけ力の差があろうと、諦めない、折れない、最凶の〝今〟を超えて行く意志をブレずに心を燃やし続けた。
鬼へなってしまってから精神が混濁し、数年間(何話)も言葉を発するはなかった竈門禰豆子。そんな彼女が回想という形で、久しぶりに兄へ声をかけた場面。これは鬼化してから度々みせた強靭な意志力を、人間だった頃から持っていたと感じ取れる一幕であった。
目先の事ばかり気にしていたら、生きる指針がブレる。傍目からみれば苦難だらけの世界にもみえる人生へなってしまうだろう。
だから進む。
竈門禰豆子という少女は、目前の〝今〟をどう感じ、どう向き合うか自分(わたし)で決断する強い心を持っていた。他人軸でなく自分軸で生き、今すべきこと、今しか出来ないことを考える自立心があり、そして暖かに他者を思う慈しみの心を有していたと分かる。
幸せの定義は自分で決める。だから〝今〟を大切に思い、だから凹んでしまうような世界でも自分次第で重い不幸だと感じず、前を向いて進もうと活力が湧くのだろう。だけど思い通りに進めないのも確かな現実。だからこそ、そんな〝今〟と戦う者で在れば幸せに辿り着けるでしょと、言葉の裏に感じれる禰豆子の気持ち。
たとえ暗くて不安に思える夜道を進むような毎日や気持ちであろうと、大切に〝今〟を進もうとする意志があれば、いつかは幸福と思える〝今〟に辿り着けるだろう。明けない夜はないし、前を向いて進んでいるのだから。
本稿にある竈門兄妹の「思い出」は、兄・炭治郎が戦場で気絶している時に回顧した会話であり、もしかしたら実際の対話と異なるかもしれない回想場面。炭治郎が目覚める直前に禰豆子が現在の鬼になった容貌へ変わりながら兄を諭し続けた事、兄自身は「昔の夢か…?」と思っていた事、これらから無意識に炭治郎の精神が生み出した幻想か、はたまた兄妹の絆が繋いだ心の言葉(バトン)だったのかもしれない。