曖昧さ回避
概要
当たり前だが、こんなもんで人間一人支える浮力が働くわけがない。乗った瞬間即水没してドザえもんである。漫画『忍者ハットリくん』ではハットリくんが草履の裏に浮き袋を付けて歩いていたが、あれでもまだ支えられない。人間の全体重を支えるには半畳ほどもある水蜘蛛を履かねばならない。
勿論そんなものを履いてスイスイ動き回れるわけがない(実際に人が浮くほどでかい水蜘蛛を履いて水面を走るレースもあるが、竿なしではとても進めない)し、伝承に残っている水蜘蛛はもっと小さい。
実は水蜘蛛は沼地を歩くための道具であり、面積を広くして足が沈む速度を抑え、素早く踏み出すことで沼に足を取られないようにするための道具だった、とするのが一般的である。
まあ、創作物では大概無視されるが(『忍たま乱太郎』や『信長の忍び』ではここで紹介した沼渡り説が取られている)。
萬川集海における水蜘蛛
伊賀・甲賀49流をまとめた忍術書「萬川集海」「第十九巻 忍器二 水器」に様々な水器(堀や河を少人数で渡る道具と説明されている)とともに図説されている。上記の水蜘蛛の元ネタではあるが、その記述は大体無視されがちだったりする。
なお萬川集海に記された他の水器、蒲筏(ただの即席の筏)、瓷筏(瓶と棒で作る筏)、葛籠筏(革製の箱を4個連結して作る筏)、「他流の」水蜘蛛(動物の革で作るただの浮袋。腰に紐で巻きつけて使う)など、忍者に対する世間一般の期待に応えられそうもない退屈な(そして割と実用的っぽい)代物に至っては、存在そのものが大体無視されている。
以下原文。
一、水蜘蛛物円身ノ差渡シ二尺一寸八分内一尺一寸八分中ヲ円クトルナリ外側幅一方ニテ五寸ヅツナリ
一、板ノ厚サ二分五厘
一、蝶ツガヒ地板ノ厚サ二厘長二寸二分横八分但一方ニ釘五ツ所ヅツナリ
一、掛鉄ハ羽掛鉄ナリ
一、ヒロゲガネノコト外法ニテ三寸五分内法ニテ三寸但釘先太ク本小クスル口伝
一、敷皮ハ牛皮ナリ長八寸横四寸五分四ツノ隅ニ皮ニテ乳ヲ付其乳ニ四ツノクワンヨリ組紐ヲ付ルナリ
一、惣皮ハ馬皮ナリ薄キ吉皮ニチヤンヲスル口伝
水蜘蛛を再現するなら、とりあえず板の厚さを7.5mm(二分五厘)にし、浮力は松脂を塗った馬革の浮袋(惣皮)から得られるようにしてもらいたいものなのだが、そんな再現品は存在しない(少なくとも世にある忍者村の類には)。なぜなら、これをクソ真面目に再現すると、水蜘蛛が珍妙な部品で連結したただの馬革の浮き輪になってしまうからである。
全体が分厚い木でできたアレな水蜘蛛よりも遥かに軽量・コンパクトで、浮力も大人一人どころか二人でもいけそうなくらいあるとか、そもそも浮き輪や浮袋の類のことを水蜘蛛と総称してたっぽいとか、この際そんなことはどうでもいい。
伊賀・甲賀忍者は超人である。断じて泳ぎの下手くそな山奥の農家のオジさんではない。浮き輪を腰につけてプカプカ浮かびながら掘を泳いで渡るなどと言うことがあるはずがない。あらゆる忍具には、超人的な忍者にしか使いこなせない超人的な用途があるに決まっている。たとえ彼ら自身によって書かれた忍術書に何が書かれていようとも、である。
そもそもこのような道具が必要となるのは、忍者が敵中に忍び込む時である。それは言い方を変えれば敵との戦闘に備えた火縄銃や、(萬川集海に製造法が記述されている焙烙火矢のような)敵の拠点を破壊するための爆弾といった火薬の扱いが重要となる局面が多く想定される場面でもある。そして当然ながら、その火薬にとって水は大敵である。そのためこの水蜘蛛もただ単に水を渡るためだけの道具ではなく、水を渡る時に火薬を濡らさないように渡るための道具であったと考えるのが妥当であろう。
余談
ちなみに「水蜘蛛」とはアメンボの別名であり、彼らの習性からこの忍具の名前が来た。また、これとは別にミズグモという蜘蛛もいるが、全くの別物である。