概要
藤原実頼の養子。1021年、右大臣に昇進し、90歳の死去まで在任した。有職故実に詳しく、小野宮流の儀式作法を纏めた。宮中儀式の先例や礼儀を軽んじる同時代貴族の態度に批判的であり、藤原道長兄弟の道綱・藤原斉信・藤原顕光などの言動を下記の日記で批判的に記している。
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ふじわらのさねすけ
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