鼻孔の虫
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びこうのむし
鼻孔の虫とは仏教説話に登場する妖虫。
中国の南北朝時代に成立した仏教辞典『経律異相』に、「出居士物故為婦鼻中虫経」を出典として記述されている説話および、日本においては鎌倉時代中期に書かれた仏教説話集『沙石集』などで紹介されている妖虫。
人の鼻孔の中に棲みつき、動き回っては棲みつかれてしまった者を苦しめるという、毛むくじゃらの虫であるといわれている。
むかしむかし、天竺に善行を積み五戒を守ってきた、優婆塞(うばそく:仏教の戒律を守る男の在家信者)が住んでいた。
その男が死を前にして、「自身を看病する妻がこの後どうなるのであろうか」と、妄執に囚われてしまい、その結果一匹の虫に輪廻転生してしまった。
そしてこの虫は愛する妻の鼻孔の中に棲みつき、動き回っては痒痛を与え、苦しめてしまっていたのである。
あるとき、旅の聖者がこの亡き男の家に訪ねてきたところ、堪えきれなくなった妻が鼻をかむと、この虫が鼻孔の外に飛び出してきた。
妻は自らを苦しめてきたこの虫を踏み潰そうとしたが、聖者からこの虫の正体を教えられ止められることとなり、「戒律を守り善行を積んできた夫が、何故このようなものに生まれ変わってしまったのでしょうか」と問うた。
聖者は「いかに戒律を守った者であろうと、最後の妄念が強ければ畜生に生まれ変わることもある」と改めて法を説くと、これを聞いていた虫はこれまで積んできた徳もあってか、強い妄念から解放されることができ、やっと成仏することができたという。
この説話は、人は善よりも執着などの欲のほうがはるかに強く、妻子のことを想うがあまり妄念となってしまった悪縁によって、反対に愛する者を苦しめ、解脱への道は遠くなるということを示しているのである。
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