概要
日本語では空中衝突防止装置という。地上の管制システムに依存せず周囲の航空機を監視し、衝突の恐れがある航空機の存在を操縦士に警告する。今日の商用民間航空機では各国で基準は異なるものの、必ず設置が義務付けられている。TCASを搭載した航空機はトランスポンダの機能を使い、定められた範囲内にいる他のすべての航空機に1030MHzの周波数で「問い合わせ」を行ない、他のすべての航空機は他機からの問い合わせに1090MHzで応答する。この問い合わせと応答の繰り返しは、毎秒数回行なわれる。継続的な往復通信を通して空域に存在する航空機の相対位置や高度や速度を組み込んだ三次元の地図を作り上げ、現在位置データから将来の位置を推定して潜在的な衝突の恐れがあるかどうかを判断し、衝突の恐れがある場合は余裕を持って警告する。
ただし、TCASとその亜種が対話できるのは、正常に動作しているトランスポンダを積んだ航空機だけである。
衝突防止の歩み
1903年にライト兄弟が史上初の動力飛行に成功して以降、二度の世界大戦を通して飛行機の技術は飛躍的に進歩した。布張りから金属に、複葉機から単葉機に、プロペラからジェット機に、飛行機の技術は止まることを知らず、次第に軍用から郵便輸送、果ては旅客輸送にまでその活動領域を広げて行った。
しかしながら飛行機の技術や領域は飛躍的に進歩する一方、それらを支える設備は未だ未完成であった。航空機の技術的問題が原因で起こる事故は少なくなっても、それらを支援する設備が未熟であれば事故はどう頑張っても起きてしまう。
1956年に起きたグランドキャニオン空中衝突事故はまさにその問題が浮き彫りになった事故であった。当時はまだレーダーを元にした管制は行われておらず、飛行も所定の航路に則った計器飛行ではなく有視界飛行がメインだったため航路規定が緩く、サービスの為コースを逸脱した結果起こった事故だと推定された。この事故を契機にアメリカ政府は「定期旅客便は原則としてフライトプラン通りに計器飛行方式で飛行すること」を義務付け、航法システムや航空管制システムを近代化するために、多くの予算を投入した。こうして現在のような地上レーダーを用いた管制システムが整備されていった。
一方日本では管制システムの整備は遅れていたが、1971年に起きた全日空機雫石衝突事故で全日空のボーイング727と訓練域を逸脱した航空自衛隊のF-86が空中衝突を起こした事故を契機に、航空路と自衛隊訓練域が完全に分離されると同時に、レーダー管制網の拡充が行われた。
だが管制を担当するのも人間である。最初期の一次レーダーは航空機のおおよその位置は特定できても、対象機の高度、速度、飛行方位まではわからずパイロットからの報告のみが頼りであった。もしここで管制官が聞き漏らしたりパイロットが報告内容を誤った場合、時として大きな事故に発展することがあった。実際、ニューデリー空中衝突事故ではパイロットが一次レーダーを元に管制を行っていた管制官に報告した高度と実際の飛行高度が異なった結果、間違えを誰も指摘することができず空中衝突を招いてしまった。
やがて電子機器の発達に伴い現在の航空機の情報を数秒ごとに電波で発信するトランスポンダが設置され、管制レーダーもトランスポンダの応答を元にレーダーに位置情報と高度、速度、飛行方位を示す二次レーダーが整備されるとより効率かつ安全性が高まった。だが管制も人間が担当する以上処理能力には限界があり、特に混雑する空域はニアミスや空中衝突が度々起こった。
1978年、パシフィック・サウスウエスト航空182便墜落事故と1986年、アエロメヒコ航空498便空中衝突事故をきっかけに連邦航空局 (FAA) はアメリカの空域を飛行する全てのジェット機にTCASの設置を義務付け、これがのちにICAO(国際民間航空機関)によって国際的に義務化され、広がっていくことになった。
だがTCASの設置が義務付けられた後も当然管制によるレーダー誘導は行われるわけだが、当時TCASと管制の指示が食い違う場合にはどちらを優先するのかが明確に規定されてなかった。一応各航空会社で規定は定めていたものの、TCASを優先するところもあれば管制を優先するところもあるなど全く統一されていなかった。この問題は2001年に起きた日本航空機駿河湾上空ニアミス事故で浮き彫りになり、ARAIC(国土交通省航空・鉄道事故調査委員会)はICAOに同様の事故を防止するために調査を求め、問題の改善を勧告したがこの教訓はほとんど活かされることなく1年半後の2002年にユーバーリンゲン空中衝突事故が起きてしまった。この事故でようやくICAOは国土交通省の勧告に応じ、現在は管制とTCASの指示が矛盾した場合、原則としてTCASに従うことが義務付けられている。
設置規定
各国によって基準は異なるものの、主な国の一例を挙げると
管制区域(機関) | 航空機の区分 |
---|---|
日本(国土交通省航空局) | 客席数が19 または最大離陸重量が5700kgを超え、かつ、タービン発動機(ジェットエンジン)を装備した飛行機 |
アメリカ(連邦航空局 FAA) | 客席数30または最大離陸重量が33000ポンド(約15000kg)を超えるタービンエンジン搭載の民間航空機 |
ヨーロッパ(EASA) | 客席数19 または最大離陸重量が5700kgを超えるタービンエンジン搭載の民間輸送機 |
オーストラリア(CASA) | タービンエンジン搭載の商業輸送をおこなう航空機(ターボプロップを含む) |
香港(CAD) | 客席数9 または最大離陸重量が5,700kgを超える香港登録の固定翼機 |
ブラジル(ANAC) | 座席数19席を超える輸送機すべて |
となっている。
ちなみに小型機に搭載義務はないが、超軽量ジェット機や単発レシプロ機の高級モデルを中心にグラスコックピットが普及しており、近年では標準装備となった機種も増えている。
なお、自衛隊機や軍用機に法令上の設置義務はない。民間では退役したYS-11が自衛隊で運用され続けてるのはこのためである。
音声一覧
太字は2回警告されるもの。
Traffic…接近機
Adjust vertical speed…降下率を調整せよ。(エアバス機の場合は、「垂直速度を調整せよ」)
Monitor vertical speed…降下率を注視せよ
Maintain vertical speed,crossing maintain…降下率を維持、交差する
Climb…上昇せよ
Descend…降下せよ
Climb crossing Climb…上昇せよ、交差する
Descend crossing Descend…降下せよ、交差する
Climb climb now…直ちに上昇せよ
Descend descend now…直ちに降下せよ
Increase climb…上昇率増加せよ
Increase descend…降下率増加せよ
Clear of conflict…衝突は回避された
ACAS(航空機衝突防止装置)
TCASと同様衝突を未然に防ぐためのもので管制からも独立してる。簡易版TCASという感じ。
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