概要
第27話~の後期エンディング「パーティ ハズカム」で先行御披露目されたハピネスチャージプリキュアの新しいパワーアップフォーム(スーパープリキュア)。
TV本編では第32話「いおなの初恋!?イノセントフォーム発動!」より登場。
自分の心からの気持ち、すなわち「イノセントな思い」にシャイニングメイクドレッサーが応えることによって発動する。
イノセントな気持ちの高まりとは、自分の中で本当に大切な気持ちとは何かを悟ることである。
「イノセントな思い」は自由、正義、平和などというヒーローにふさわしい偉大な感情である必要はなく、もっと個人的で身近な感情こそがイノセントな思いのきっかけになる。そもそも本作の設定ではプリキュアは「世界のために戦えるだけの強い愛」を持つもののみに資格が与えられているので、プリキュアであるという時点でヒーローにふさわしい偉大な感情は足りているのである。
(もちろん、ヒーローにふさわしい偉大な感情こそが自分が最も大切にしている気持ちだと言いきれるならば、それが「イノセントな思い」になる)
大切な気持ちというものをたった一つに限る必要はないようだが、重要なのはプリキュアによって「大切な気持ち」は当然異なることである。他人がイノセントな思いとして覚醒させた気持ちが、自分にとってはそこまで大きな価値はない、ということは普通にあり得る。
逆に、自分にとっては「大切な気持ち」に選ばれなかった小さな思いが、別のプリキュアにとっては大きな思いとして選ばれるかも知れない。だからこそ、自分だけのイノセントな思いを作り出すことが許される。世界中にプリキュアがいる本作の世界観だからこそ、だろう。
たとえば、下記で詳述しているように、ひめは「みんなの想いを大切にしたい」という気持ちを高めてイノセントフォームに覚醒しているが、これはひめ以外の仲間たちなら最初から強く持っている思いだろう。逆にめぐみは単純に「みんなの力になりたい」という気持ちではイノセントフォームに覚醒できなかった。
イノセントフォームへのフォームチェンジは、他のフォームチェンジと同じく専用のプリカードの使用によってもたらされる。
また、イノセントフォーム専用の固有技の発動にはシャイニングメイクドレッサーが別個必要となる。
各個人の固有技には浄化効果はないが、どれもサイアークを一撃で拘束することができる強力なもの。
イノセントフォームを入手したばかりの頃(32話~37話)は、サイアーク浄化のためにわざわざ一旦イノセントフォームを解除し、改めて4人でプリキュア・ハピネスビッグバーンを発動させていた。
要するに最終浄化技に繋ぐためのサイアークを拘束するための形態であり、なんとも微妙な扱いであったが、これは、シャイニングメイクドレッサーが「プリキュアのイノセントな思いの強さに応じて新たな力を与える」という特性を表したものでもある。つまり、イノセントフォームは入手しただけで十分に強いというものではなく、そこからさらにイノセントな思いを進化させていく必要がある。
そして38話にて合体技「イノセントプリフィケーション」を覚醒させたことで、真に強化フォームに相応しい力を得た。
外観
4人とも同系統の衣装で、髪を結うリボンも4人とも同デザイン。
パーティードレスのような造形。背中に半透明の蝶のような羽根&リボンが生えるのが特徴。
色は白を基調としつつ、スカートに各プリキュアのイメージカラーが配色される。
シャイニングメイクドレッサーによって与えられる力なため、強制的に化粧が施される。
施されるのはルージュ、アイシャドウ、チーク。つまりシャイニングメイクドレッサーの玩具遊びと対応している。(玩具遊びではネイルもあるが、これについては手袋をしているため不明)
例のごとくケバいとネタにされがちだが、化粧が似合う大人っぽい衣裳や髪型になるため、通常フォーム姿に化粧を塗りたくっただけであるプリキュア・ハピネスビッグバーンの発動バンクとは異なる印象である。
ちなみに白を黒に反転させれば、化粧も含めてクイーンミラージュとほぼ同じ特徴になる。
ミラージュが元プリキュアであるから、考えようによっては、「幸福への憎悪」こそがミラージュにとってのイノセントな思いで、ドレッサーがそれに正しく呼応したと見ることもできるが・・・?
パワーアップフォームの特徴が一話の時点ですでに出ていたと考えるとかなり特異なことと言える。
キュアフォーチュン・イノセントフォーム
32話で初登場したキュアフォーチュン(氷川いおな)のイノセントフォーム。
自分を異性として好きだと言ってくれた海藤裕哉がサイアークにされたことで、彼を守りたいという気持ちがいおなにとっての「イノセントな思い」の覚醒のきっかけになった。
いおなは24話でプリキュア恋愛禁止令への異論として「大事な人ができるから強くなれることもある」と語っているが、いおなにとって裕哉が大事な人になったからイノセントフォームに覚醒したというシンプルな構図ではない。
裕いおの項目を見ればわかるが、いおなは裕哉に恋愛感情を持ったとははっきりと描かれていない。将来的に恋愛に発展する可能性はあるかも知れない、という形にすぎない。
いおなは、自分を異性として男子が意識して好いてくれる現象そのものを「大切なこと」として受け入れたことでイノセントフォームを覚醒させた。
「大事な人ができるから強くなれる」可能性を秘めているのはいおなを好きだと言う裕哉の方であり、その可能性こそをいおなは守りたいのである。
児童誌ではいおなのイノセントな思いをみんなの「好き」という気持ちを守りたいという言葉で総括していた。
固有決め技は「プリキュア・エメラルドイリュージョン」。サイアークを巨大なエメラルドの中に封印してしまう技。
キュアプリンセス・イノセントフォーム
34話で初登場したキュアプリンセス(白雪ひめ)のイノセントフォーム。
みんなで準備を頑張った文化祭をめちゃくちゃにしようとするナマケルダから一人で学園を守ろうとした勇気がひめにとっての「イノセントな思い」の覚醒のきっかけになった。
我儘、臆病、対人恐怖症・・・と史上かつてないほどマイナス要素をもつプリキュアであった白雪ひめ。かつてはそれゆえに孤独であったが、めぐみ、ゆうこ、いおなとの邂逅によって「大切なプリキュア仲間」を作ることに成功し、仲間のために勇気を振り絞れるまでに成長していったというのが本作の序盤の流れであったが、同時に「大切なプリキュア仲間」以外の無数の一般人たちとのコミュニケーションにも少しずつ慣れていく様子が描かれていった。34話はそれの集大成であり、ひめがついに、「大切なプリキュア仲間」のためだけでなく、対象を限定しない「みんな」のために命がけで戦えるまでに成長する。
そして、そのために一人でも戦い続けようとした勇気も逃げ足だけは速いプリキュアからの脱却を意味している。
「みんなの想いを大切にしたい」という気持ちの高まりこそがひめのイノセントな思いなのである。
固有決め技は「プリンセスウィンディーウィンク」。巨大な光輪を作り出し、それにサイアークを磔にして動きを封じる。
キュアハニー・イノセントフォーム
35話で登場したキュアハニー(大森ゆうこ)のイノセントフォーム。
「おおもりご飯」のお得意様である三ツ矢のおばあちゃんをサイアークにしたホッシーワ。ご飯を大切にしないホッシーワを諌めるためにハニー(ゆうこ)は一人で無双し、ごはんの歌でサイアークとホッシーワを追い詰める。それだけでも十分勝てそうだったが、歌が最高潮のテンションになった瞬間、まるでついでのようにイノセントフォーム化した。仲間たちと視聴者を驚かせたが、当のゆうこだけはいつものすました顔のままで、別に大したことなど何もしてないというマイペースっぷりだった。(しかもキュアフォーチュン・イノセントフォームやキュアプリンセス・イノセントフォームの初登場時には無かった後光付き!そのお姿はまさに豊穣の女神様!であった・・・。そのため一部のファンの間では場合によってはキュアハニー・イノセントフォームの活躍如何では大地母神様への格上げも有り得るかもしれない!との前評判まであったり無かったりして・・・。)
あまりにも通常運転でのイノセントフォーム覚醒に、「ほんとに初めてのイノセントフォーム?」「今までも実はイノセントフォームになれたのでは…」「むしろ普段のキュアハニーの方が強いのでは…」という声も・・・。
ゆうこは本作の主要登場人物の中ではあまりにも成熟した精神性の持ち主として描かれており、迷いや悩みをほとんど見せない。だが同時に、ゆうこは精神面が成長していく姿もほぼ描かれないという特殊なポジションにいる。
つまり、ゆうこの精神性は最初からすでに「完成」している。
自分の中のイノセントな気持ちとはどういう思いなのかを、ゆうこは完全に理解し自覚しているのである。他の仲間たちのような「自分探し」の過程を必要としていない。
ゆえにちょっと本気を出すだけでイノセントフォームになれたわけである。
言うまでもなく、ゆうこのイノセントな思いとは「みんなで楽しく美味しいごはん」である。
美味しいごはんを食べれば誰だって問答無用で幸せになれるという自身の価値観は、すべての他者にも通用する絶対的なものだとゆうこは信じて疑わない。他人それぞれの立場や価値観を大切にするゆうこの、唯一譲れないエゴである。
これがイノセントな思いになるということは、ゆうこの食べ物へのこだわりはただの趣味嗜好のレベルではなく、食こそが自身の価値観の根幹となっていることを意味している。
固有決め技は「ハニーテンプテーション」。両手から光弾を発し、サイアークを四つ葉状の光で留めて動きを封じる。
キュアラブリー・イノセントフオーム
覚醒までの流れ
キュアラブリー(愛乃めぐみ)は、イノセントフォームに覚醒するまでに紆余曲折の展開をたどっている。
めぐみは、人助けをすることをアインデンティティとするキャラクターであることを自他ともに認められている。その思いこそがイノセントフォームのきっかけになるはずであった。
しかし、めぐみは自分がなぜ人助けをしたいのかの理由を自覚できていないという致命的な問題を持つ。
めぐみの根底には「病気のお母さんは幸福じゃない」という考え方があり、めぐみには病気を治すことができないからお母さんが代わりに喜ぶことをしてあげたいと幼いころに考えていた。本当に小さいときから母のちょっとしたお手伝いをするようになり、同年齢の子供よりもお手伝いをするめぐみを母は嬉しく思ってよく褒めてくれた。それは自我形成期の幼いめぐみには強烈な成功体験となり、母が喜ぶことをすれば自分の幸せと感じるようになったのである。そしてその母が何気なく「みんなの笑顔が一番」と言ったことから、「一番」である人助けを積極的にするようになったのである。それはあくまで本当に小さいころのことなので「幼い子供の人助けごっこ」にすぎないのだが、めぐみはそのスタンスのままで中学生にまでなってしまった。めぐみの人助けへの考え方にどこか幼いところがあるのはそのためである。
今では母への依存心は薄れているようだが、その一方で人助けについてはもはや日常生活の行動パターンにこびりついており、人助けをする理由があってしているのというより、人助けをやめる理由がないから続けているようなところがある。そのため、めぐみは自分のイノセントな思いを見つけることがなかなかできなくて覚醒が遅れてしまっている。
めぐみが自分のイノセントな気持ちに挑戦したのは、いおながイノセントフォームに覚醒した次話にあたる33話である。
めぐみは自分自身のイノセントな思いを「困った人を助けること」だとして、街中で困った人がいないか探すというある意味で本末転倒なことをしでかして、最終的にロケット打ち上げを目指す深大寺まみの押しかけ助手になってしまう。
この時に致命的だったのは、まみは一人の力で実験を成し遂げたかったという気持ちがあったことで、素人のめぐみの手助けなど邪魔でしかなかったのである。当然、迷惑ばかりかけて落ち込むめぐみ。しかし、そのまみがサイアークにされたとき、めぐみは自分自身が何もできない無力な存在であっても、それでも「誰かの力になりたい」という気持ちだけは貫きたいとしてたった一人で必死に戦った。
これはいおなやひめがイノセントフォームに覚醒したときと同じくらいのピンチであり、同じくらい強い「気持ちの高まり」があったのだが、それでもキュアラブリーはイノセントフォームに覚醒しなかった。
そしてプリンセスとハニーもイノセントフォームに覚醒していく中、次第に「いっその事ラブリーだけ覚醒しないまま最終回を迎えるのもいいんじゃね?」という皮肉も一部のファン達の間で出てくるようになるが、これはある意味で仕方がない。
実は「主人公を差し置いて仲間たちが先にパワーアップする」というのは、プリキュアシリーズどころか「変身もの」のセオリーから外れたレアケースなのだ。
通常のパターンでは「全員同時にパワーアップ」あるいは「主人公の特権」という事例が多く(特に後者の事例はプリキュアシリーズの劇場版では多く見られる)、ある意味「暗黙の了解」「不文律」とされている領域である。
イノセントフォームに限らず、めぐみにはいわゆる主人公補正というご都合主義が従来よりも排除されている主人公である。
愛を口にすれば逆転勝利するというお約束が保証されないからこそ、主人公が愛を口にすることの「重さ」が問われているのが『ハピネスチャージプリキュア!』の世界観なのである。
ちなみに、映画版ではラブリーが映画版独自のパワーアップフォームであるスーパーハピネスラブリーにフォームチェンジしており、公開初日の時点で見ると、めぐみのイノセントフォーム覚醒より先行している。
覚醒
めぐみがイノセントフォームに初めて覚醒したのは36話。
めぐみのイノセントな思いを覚醒させるに至ったきっかけは、めぐみのアイデンティティに多大な影響を与え続けた母親・愛乃かおりである。
「母の病気を治せば幸せになれる」とそれまで信じていためぐみだが、この話では当の母親の愛乃かおりは自分は病気が治らなくてもいいと本心から語った。かおりは「元気な娘がそばにいる今の自分を心の底から幸福である」と感じており、病気であることに何の不幸も感じていなかったのである。
このことで、めぐみは生まれて初めて人助けへのモチベーションが下がりかける。上述のように、めぐみが幼いころに人助けをはじめたのは「病気のお母さんは幸福じゃないから」である。お母さんが幸福だというならその大前提が崩れる。また、めぐみは母の幸福観を取り違えていたわけだが、それならば今までやってきた人助けの多くでも「相手が望んでいる幸福」と無関係な無駄なことをやっていた時があったんじゃないかと悩みはじめ、これから人助けを続けていく自信を失いかけた。
しかしブルーはめぐみに「自信が無くて悩む事も必要な事」だとして、逆にめぐみが落ち込んでいる現状を肯定的に捉えてもよい、と超然的な励まし方をする。
その言葉は「悩む状況を祝福する」という、あまりに不謹慎な発言ではあったが、めぐみにとってはある種の救いになった。
その後、母をサイア-クにしたオレスキーとの戦闘となる。その中でめぐみはオレスキーに自分自身意外を信用できないトラウマ的な病理があることに気づき、それを理解しようと試みるが、オレスキーからは自身のことを理解することなど絶対に無理だと述べ、「誰かを助けたところで、感謝一つされない。この世界は最悪だ」と突き付ける。
めぐみはそれに対して明確な反論もできず、かたくなに「救われたがらない」態度を貫くオレスキーを説得する言葉を持てなかった。それでもめぐみは、(オレスキーも含めた)みんなに幸せになって欲しいという気持ちは止められないということだけは自覚し、それがめぐみにとっての「イノセントな思い」の覚醒のきっかけになった。
めぐみに必要だったのは、自分がどれだけ頑張っても誰も助けられないときもあるという冷酷な現実を受け入れることだったのである。
これはめぐみが無力だからという話ではない。いかに万能な力を持っていても、助けを求めていない人を助けることはできないというだけの話である。
母かおりがそうであったように、幸せとは他人が決められるものではなく,自分で見つけ出すものである。めぐみがどんなに相手のために献身的になっても相手が心を閉ざしていれば幸福にすることはできないし、めぐみがどんなに相手に迷惑をかけたとしても傍にいるだけで救われたと言ってくれる人もいる。この二つの違いはめぐみの頑張りだけでどうにかなるものではない。最終的には相手がどう感じるかがすべてなのだ。
だが、めぐみが相手を助けられなかったと落ち込んでいるときでも、その相手が自分で幸福をみつけてくれたならば、やはりめぐみはそれに喜びを感じられる。そのことに気づけたことで、めぐみは自分のイノセントな思いを知ることができたのだ。
それなら、めぐみは人助けなど無理してせず、ただみんなの幸せを願うだけでいいのかというとそうではない。やはり、めぐみは人助けをやめられないのである。それが一人よがりの自己満足で、それに失敗して、相手を余計に不幸にしてしまうとしても、それを止めることができない。自分の力で誰かを助けたいというエゴもまた、イノセントな思いなのである。
自分は誰も助けられないかもしれないと悟りつつ、それでもなお誰かを助けたいという気持ちを諦めない。それは解決不能な矛盾であり、めぐみは自分がどうすればみんなの力になれるか、迷い、悩み、苦しむことになるだろう。だから、その苦悩を恐れたり否定したりするのではなく、それを受け入れて向き合っていくしかない。
これまでのめぐみはいつも幸福であろうとするがゆえに、自分の中に悩みや苦しみがあることを認めたがらなかった。だが今はもう違う。
ブルー曰く、「悩み苦しみながらも、みんなの幸せを願う」ということこそがめぐみのイノセントな思いだという。
固有決め技は「ラブリーパワフルキッス」。ルージュを塗り投げキッスをして、ハート形のシャボン玉の中にサイアークを閉じ込める。
今後の課題
「自分は無力だけれど、それでも誰かの力になりたい」という気持ちを高めているのは33話も36話も同じである。二つの話の決定的な違いは、33話でのめぐみは「諦めなければ必ず誰かを助けられる」という自信を高めており、36話では「誰も助けられないかもしれないけれど、諦めたくはない」という苦悩を高めている。
つまり、めぐみのイノセントな思いは、苦悩が核になっているのである。
これは他の仲間と比べるとあまりにシリアスなものであるが、めぐみが他人から見て不器用な生き方しかできないとしても、それを他の仲間と比較して損得を図るものではない。母のかおりが病気を受け入れつつも自らを幸福だと感じているのと同じである。
「世界中のすべての幸せを願う」という大きすぎることを真にイノセントな思いとするに相応しいのは、本来は地球の神である。人の身で簡単に背負える思いではないのだ。
とはいえ、めぐみのイノセントな思いについてはこれで完全というわけではないようなことが示唆されている。
ブルーは「悩み、苦しみ、自信を失うことも、めぐみの心の成長に必要なことだ」として苦悩を受容することを語っていた。これはあくまで苦悩は成長過程であって、その気持ちだけで終わるわけではないということかもしれない、
またブルーは、めぐみが「みんな」の幸せを望んでいることについて、その「みんな」の中にめぐみ自身の幸せは含まれているかについて懸念を感じ始めている。
これはブルー自身が、自分がそういう生き方を貫いたがゆえにクイーンミラージュを追い詰めてしまったという自責があるからこその懸念である。
「みんなの幸せは、わたしの幸せ」というめぐみの口癖をそのまま自身のイノセントな思いとしてしまっためぐみだが、「自分の幸福」を見つめなおす展開が今後は期待される。
イノセントプリフィケーション
第38話で初披露されたイノセントフォーム時における最強必殺技。4人による合体技である。
いおなが、ミラージュによる度重なる闇の力による洗脳に苦しむ姉・まりあ=キュアテンダーを救いたいと思う強い気持ち=「自分にとって一番大切な人」を救いたい、助けたいという強い気持ちが高まり、他のプリキュアたちもそんないおなの力になりたいという気持ちが高まったことで、それらを新たな「イノセントな思い」と認めたドレッサーがこの技の使用権限を解放した。
4人の想いを歌に乗せて相手にぶつけて浄化する必殺技であり、キュアハニーのごはんの歌と同じく本当に歌詞つきの歌をワンフレーズ歌いきる必要がある。しかもアイドル風に踊りながら歌わなくてはならない。
戦闘中に突然ライブスタートするのは今までのプリキュアシリーズにはなかったノリで、なかなかのインパクトがある。
ドレッサーを操作する際に使うスティック「コスメチップ」が「イノセントハーモニーマイク」に変化するので、歌うときはこれを使う。
その威力は絶大なもので、ハピネスビッグバーンすら無効化出来るキュアテンダー・闇を完全浄化し、ミラージュの呪縛からキュアテンダーを解き放ったほか、その余波で幻影帝国の本拠地にいるミラージュ本人にもブルーの本当の気持ちを伝える切っ掛けを作り、その影響で彼女すらも浄化されかかった程の威力を持つ。
楽しそうに歌い踊るシーンは女児アニメらしいポップな雰囲気なのだが、実態は処刑用BGMそのものである。
そのことから、おそらくかつてミラージュとブルーが戦っていた強大な闇をアクシアに封印した際も使用された技だと思われる…。
ちなみに歌に自分たちの想いを乗せてぶつける技という性質上、一部の大きいお友達には某ロボットアニメを連想した人たちも多いのでは…? というか、最新作のヒロインの一人の中の人が主演していますので、「私たちの歌を聞きなさい」を地で行っている。
この手の「合体技」の入手が、メイン主人公であるめぐみでなく追加戦士であるいおなの思いがキーになって起こった奇跡というのも、やはり「変身もの」としては相当にレアな展開である。
しかしテンダーの洗脳を解くきっかけになったのは、ラブリーが身を挺してフォーチュンをかばったことであり、いおながまりあを助けたいと強い思いを高められたのは、めぐみがまりあの記憶を蘇らせることに成功したからなのである。このフラグで希望の光がみえるまでのいおなはただ絶望するばかりでイノセントな思いを高めるような境地にはならなかった(詳細は愛乃めぐみと氷川いおなの38話解説にて)。
めぐみは自ら奇跡を起こすような主人公補正をもたされないかわりに、仲間のために命がけで身を投げ出すことで、仲間たちに奇跡を起こす力を呼び起こす役割を持たされているのである。
(そして、ブルーはそれを「めぐみの危うさ」とみなして懸念してもいる)
余談
なお、最初にイノセントフォームと相対したのはナマケルダであったが、彼はこの形態の事を一切報告していなかったらしく、続く33話で情報の無いオレスキーはかなり戸惑っていた。報連相はしっかりしましょう(もっともやるべきことをやらないで怠けることが至福に感じるナマケルダには馬の耳に念仏かもしれないが)。
設定上では、世界中のモブキュア達もイノセントフォームへ覚醒することは可能なはずである。
とはいえ、ダンスアタックするサブフォームへの変身も主人公たち以外は描かれていない現状で、イノセントフォームをモブキュアたちにまで用意するかどうかは微妙なところである。
だからこそか、pixivではファンアートとしては主人公チーム以外のイノセントフォームのイラストも投稿されている。
例:キュアテンダー
関連タグ
パーティハズカム : 後期EDテーマ。イノセントフォームのコスチュームが本編より先行で登場したため、イノセントフォーム姿のイラストの投稿はこちらのタグの方が先行している