概要
美術史とは、歴史学の手法を援用して美術の時間的変化を語る事。この記事では、西洋美術・東洋美術を問わず美術史のキーワードを時系列順に整理して概観する。
美術史における主なキーワード
- 原始美術 - アルタミラ洞窟やラスコー洞窟などで見られる動物や狩猟の壁画、ウィレンドルフの裸体像などで知られる先史美術と、現在もその時代の伝統を受け継ぐ部族美術の総称。
- メソポタミア美術 - メソポタミアとは、チグリス川とユーフラテス川に囲まれた地域で育まれた複数の文明の総称である。
- エジプト美術 - エジプト文明は、ピラミッドやミイラなどで著名である。エジプト美術は2500年間にわたって繁栄したといわれる。エジプト美術の有名な作品としては、「ネフェルティティの胸像」などがある。独特な壁画も著名である⇒エジプト壁画風
- ギリシャ美術 - 古代ギリシャ人が住んでいた、バルカン半島やアナトリア半島などで発展。ミロのヴィーナスやサモトラケのニケなど。
- ローマ美術 - 古代ローマ帝国の美術。ギリシャ美術の流れを組んでおり、テーマの種類も豊富。
- 初期キリスト教美術 - ローマ美術を取り入れつつ、紀元前2〜3世紀頃にうまれた。
- ガンダーラ美術 - インド北西部のガンダーラ地方で紀元1世紀~5世紀にかけて栄えた仏教美術。インド仏教のテーマとギリシャ・ローマ美術の作風が出会って生まれた仏像の彫刻表現。
- ビザンティン美術 - 5世紀から15世紀の東ローマ帝国で発達。イコン(聖人像)などで知られる。
- クメール美術 - 7世紀~13世紀カンボジアクメール朝時代に栄えた彫刻、建築などの美術。その最大の遺産アンコールワット、アンコール・トムの都に残された彫刻などが今に残る。
- 宋代美術 - 中国の宋朝(北宋・南宋)時代、10世紀から13世紀ごろの美術。水墨画・山水画の全盛期にあたり、主な画家は皇帝でもあった徽宗など。中国伝統建築技術も完成を迎えて現存する建築も増える。陶磁器も後世には困難と言われるほどの歴史的な名品が作られた。
- ゴシック美術 - ゴシックとは、もともと12世紀の北西ヨーロッパに出現し、15世紀まで続いた建築様式のことである。
- 初期ルネサンス美術 - ルネサンス美術とは、いわば美術の分野におけるルネサンス、ギリシャ・ローマ古典美術復興の現れであり、イタリアに興り、その後各国に普及した。初期のルネサンス美術においては、ボッティチェッリの「ヴィーナスの誕生」などの作品が有名。
- 北方ルネサンス美術 - 現在のベルギーやオランダ、ドイツなどを中心に展開。「アルノルフィーニ夫妻の肖像」などの作品が有名。
- 盛期ルネサンス美術 - 15世紀末から30年間ほどのイタリア・ルネサンス全盛期を指す。レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロ、ラファエロなどが活躍した。
- 東山文化 - 15世紀、室町時代日本で将軍足利義政の保護により栄えた。宋代美術と日本の伝統が融合する。書院造という建築様式は現代に至る日本家屋の設計をほぼ完成させ、寺院の造園も龍安寺の枯山水のように禅宗文化を視覚的に表現できるようになる。雪舟の水墨画など絵画も見逃せない。
- バロック美術 - 16世紀末〜18世紀初頭に、ヨーロッパ各国に広まったバロックという様式にもとづいた美術。ルネッサンスの調和重視に対して動的で自由な表現を重んじた。イタリアではカラバッジオやルーベンス、彫刻家にはベルニーニが活躍し、スペインではベラスケス、オランダではレンブラントやフェルメールなどが活躍した。
- 桃山文化 - 16世紀後半~17世紀初頭の日本。織豊政権と江戸幕府による近世社会成立を背景として、東山文化に比べて宗教色が薄く雄大で活気に満ちた芸術が栄えた。城郭を飾る障壁画に狩野永徳や長谷川等伯らが視覚に訴える豪壮な作品を残した。
- ロココ美術 - 18世紀、ルイ15世のフランス宮廷から始まり、ヨーロッパの他国に普及。軽快で派手なイメージを与える。
- 新古典主義 - 18世紀後半頃になると、ロココに疑問を呈し、再び古典を見直す動きが見られるようになった。ジャック=ルイ・ダヴィッドやドミニク・アングルなどがナポレオンの肖像画を多く残した。
- ロマン主義 - 新古典主義とは対を成す主義。代表的な作品は、ドラクロワの「民衆を導く自由の女神」やゴヤの「マドリード、1808年5月3日」など。
- 写実主義 - 理想や非現実に目を向けていた古典主義やロマン主義に疑問を呈し、現実を見直そうとしたのが写実主義。クールベの「オルナンの埋葬」やミレーの「種まく人」などの作品が有名。
- 化政文化 - 19世紀前半を中心とした広義には江戸時代後期の町人文化を指す。特に華やかな色彩の浮世絵が栄え、喜多川歌麿、葛飾北斎、東洲斎写楽らが輩出した。西欧にジャポニズムとして紹介され、印象派などに強い影響を与えた。
- 印象派 - ルノワールやモネなど、光や空気感の表現を重んじてのちに「印象派」と呼ばれる画家達。印象派と呼ばれた最初の作品と言われるのは、モネの「印象・日の出」であると言われる。
- ポスト印象派 - 印象派の影響を受けた、セザンヌ・ゴーギャン・ゴッホなどの画家を指す。
- 象徴主義 - 自然主義や高踏派運動への反動として、19世紀後半に起きた芸術運動。印象派とは逆に形のない精神性や夢想を、神話などを象徴に借りて表現する。
- フォービズム - フランスで20世紀初頭生まれた作品群を指す。一般に色彩を構図から解き放った主観の表現として用いた。
- 表現主義 - 広義には、様々な芸術分野(絵画、文学、映像、建築など)において、一般に、感情を作品中に反映させて表現する傾向のこと。狭義には、20世紀初頭にドイツにおいて生まれた芸術運動であるドイツ表現主義および、その影響を受けて様々に発展した20世紀以降の芸術家やその作品のこと。
- キュビズム - セザンヌの造形を元に描く対象を幾何学的図形に還元し細分化した上で再構築して全体像を表現する美術運動。20世紀初頭に出現、ピカソの作品の一部などが該当する。
- シュルレアリスム - 20世紀前半に始まった芸術運動。人間の無意識を表面化させて作品とし、無意識と理性の合一を目指した。
- 抽象絵画 - 20世紀前半から展開する絵画の様式。描く対象が作品から消え、単純な図形によって画家の描きたいものを表現するようになる。
美術史批判
「形式ばかり崇めるこの時代はどこに行ってしまうのだ。我々の狂気こそ迎えられるべきだ」(シャガール『シャガールわが回想』)
美術史は多数の画家・彫刻家・芸術家を何らかの概念・形式・様式によって分類し整理する。しかしそれは芸術家個人の個性を捨象した記述でもあり、しばしば批判されてきた。冒頭に掲げたシャガールは生前シュルレアリスムの画家であると評されてきたが、当人は自分が描くのは幻想ではなく現実だとしてその評価を激しく否定した(同書)。現在ではシャガールの出身地帝政ロシアの過酷な現実が、いっけん幻想的な画風に反映されているとも評される。
シャガールが活動したのは、パリのモンパルナス、「蜂の巣」というアパート兼アトリエで、ここには数多くの芸術家が格安の家賃に惹かれて集まっていた。北のモンマルトルには「洗濯船」という同様なアトリエがあってピカソやマティスらが出入りしていた。そのうち、シャガールやモディリアーニら特定の一派を為さなかった画家をエコール・ド・パリすなわちパリ派ともいう。シャガールからは、まだ派閥を持ち出さないと何も語れないのかとさらに批判されるかもしれないが、形式分類で画家を分類することが不可能だと美術史が認めた、一種の妥協案と考える事もできよう。
また、キュビズムの代表とされるピカソやフォービズムの代表とされるマティスにせよ、先述の通り全く立場の違う芸術家らと日常交流しながら創作を進めており、その生涯を通じた作品の変化はキュビズムやフォービズムといった言葉で要約はできない事も言及しておくべきであろう。近現代の多彩な形式分類でも限界があるのだから、一時代の芸術家を全て同じ形式分類に当てはめがちな古代中世は尚更である。作品鑑賞にあたっては、美術史知識に囚われすぎてはいけないということになる。