ロマン主義(ロマン派)は18世紀末から19世紀半ばにかけて栄えた文芸及び芸術運動を指す。特に新古典主義とライバル関係にあり、互いに芸術の主流を巡って争った。後には他の時代の諸文化についても先述の狭義のロマン主義に類似した芸術潮流をロマン主義の名で呼ぶようになった。
「ロマン」(roman)とは元々はフランス語で創作文学を意味したが、後には特に各国の騎士道物語を意味するようになった。騎士道物語はイギリスではアーサー王伝説、フランスではローランの歌などが著名であるが、これらは新古典主義が理想とした古代ギリシャ・古代ローマの文学に対して各国独自の伝統と伝承を代表する文化としてロマン主義の模範となった。また新古典主義が知性と合理性を重視したのに対して、これらの騎士道物語の主題ともなった感情と非合理性を重要視して表現している。さらには恋愛や自然の賛美、民族意識の高揚にも派生していった。
その源流はフランスではルソーの自然感情の肯定論、イギリスではケルト文化の隆盛、ドイツではゲーテやシラー等がドイツ独自の文学を打ち立てた運動などから始まっている。最盛期に入ると、フランスではジェリコー『メデューズ号の筏』ドラクロワ『民衆を導く自由の女神』(メイン画像)などの絵画、音楽ではベルリオーズ『幻想交響曲』が挙げられる。イギリスでは絵画に『カルタゴを建設するディド』など光と大気の表現を打ち立てたターナーらがいる。ドイツには詩人のハイネ、音楽ではシューベルト『冬の旅』やワーグナー『ニーベルングの指環』などがロマン主義の系統で上げることが出来よう。
やがて絵画ではロマン主義が用いる過去の英雄譚を否定し現実の等身大の人間を描こうというクールベらの写実主義が台頭し、音楽でもロマン主義の感情過多を批判したストラビンスキーが新古典主義の復興を掲げる等、時代は変化していくことになる。