アスタルト
あすたると
地中海を中心とした世界各地の広い範囲で崇められていたとされる豊穣多産を司る愛と戦いの女神。
ギリシャ神話の愛と美の女神アフロディーテなどと起源を同じとする女神といわれており、周辺地域で信仰されていた様々な女神と習合しているという。
ここでは「頭文字がア(A)」、「続く子音にS、T、R、Tが含まれる」等の共通点を持つ例をバリエーションとして紹介する。
ウガリット神話
雷神バアルの御名とも呼ばれており、愛と戦争の女神アナトと共にバアルと密接不可分な陪神とされているが、神話では活躍らしい活躍は殆ど無い。ウガリット神話、カナアン神話、フェニキア語史料における呼称は「アスタルテ」とされる。
またアナトと同一視されていた時期もあり、最高神イル、若しくはバアルの妻とされるという説もあるらしい。詳しい詳細はこちらで。
カナン地域
ヘブライ語で書かれたタナク(旧約聖書)では「アシュトレト」と表記される。これは本来のヘブライ語形の「アシュテレト」に恥を意味する「ボシェト」の母音部分をドッキングさせたものである。
旧約聖書にも異教の女神を指す普通名詞として用いられ、地名としてもその名が登場している。
現地カナアンの異教だけでなく、古代イスラエル人側にも信仰者が出ており批判されている。
ヘブライ語話者の崇拝者は母音を弄らずにそのまんま「アシュテレト」と呼んでいたと思われる。
詳細はこちらで。
旧約聖書ではまさに「恥」知らずな異教信仰としてのみ登場し、この女神の固有の特徴についてはあまり解説されない。
そのためユダヤ教やタナクを「古い契約(旧約)」として引き継いだキリスト教においてアスタロトとして悪魔化はされたが、見た目も職能もあんまりアスタルトっぽくないという状態になっている。
エジプト神話
表記名はアースティルティト。軍神で、プタハもしくはラーの娘とされている。戦車(馬で牽くチャリオット)に乗った女性や、ライオンの頭をもつ女性の姿で表される。ウガリトと違い、戦女神としての面が強調されている。詳細はこちらで。
ギリシア・ローマ
ギリシャ語では「アスタルテー(Ἀστάρτη, Astártē)」と呼ばれる。ギリシャ語で書かれたヘロドトスの『歴史』では(バビロニア側の記録では確認されていない話であるが)バビロニアの女性は一生に一度「アフロディーテの神殿」で見知らぬ男と交わらなくてはならない、という風習について記されている。
また、シリアのアスカロンに最古のアフロディーテ神殿があったとしている。
イシュタルやアスタルト、これと似た語感のオリエント世界の女神とアフロディーテとを同一視する発想がギリシャにあったことが窺える。
このほかユーノーと同一視されていたとされる。
シュメール神話の女神イナンナのアッカド語形「イシュタル」とは子音部分を共有しており、神としての性質にも共通点が多い。イナンナ・イシュタルやアフロディーテと異なり、(少なくとも現存する神話においては)彼女自身には愛人が確認されていないという違いはある。
アフロディーテの神名はギリシャ語である(少なくともギリシャ語での読解はできる)が、2世紀の小アジア出身の地理学者パウサニアスによる旅行記『ギリシャ誌』によるとその信仰はアッシリアから他の土地に持ち込まれたという。
この箇所ではアフロディーテは「アプロディーテー・ウーラニアー(天上のアフロディーテ)」と呼ばれる。
まずアッシリア人がアプロディーテー・ウーラニアー崇拝を始め、キプロスのバフォスの人々、パレスチナのフェニキア人のうちのアスカロンの民がこれに続いた。
フェニキア人経由でキュテラ島の住民が信仰を始めた。このあとアイゲウス(テセウスの父)がアテネにアフロディーテ像を建てたのだという。
ローマ神話のウェヌス(ビーナス)は当初は単に菜園の女神であったが、アフロディーテと同一視される事で上述のオリエント起源の女神に連なる存在となった。