走ることは、生きること――――
あかほりさとる原作、伊藤大育作画の漫画作品。
角川書店『コンプエース』に2009年3月号から12月号まで連載された。
未来世界のガイノイドを用いたギャンブルレース(というか競馬)を舞台に、そのターフで切磋琢磨する機械の乙女たちの姿を描いた作品である。
pixivタグとしては、本作を彷彿とさせるウマ娘の作品につく事がある。
公式単行本初版帯のキャッチコピーは「競馬meets美少女アンドロイド」である。
……のちのちの事を考えると「ある意味では」とっても早すぎた作品だったのかもしれない。
(だが偶然にも、似たような発想の産物は1991年の時点で某エロゲメーカーが完成させていたりする〔余談にて後述〕)
あらすじ
時は未来
馬場(ターフ)を駆ける駿馬たちは、可憐な乙女へ姿を変えた
その名を優駿乙女(サラブレドール)!
遠い未来の競馬場。そこでは馬に代わり、その競技用に調整されたガイノイドであるサラブレドールたちが馬場を駆け、生存のためDRA(DOLLS RACING ASSOCIATION)が執り行う幾多のレースを勝ち抜いていた。
そんな彼女たちに課せられた使命は、ただひとつ。
走れ! 誰よりも早く!!
走ることは生きること。
乙女たちは今日も、力ある限り、命ある限り、馬たちに代わり馬場を駆ける。
この物語は、そんな彼女たちによる、時に友情を育み、時に争い合い、そして時に共に笑い涙する、そんな日常を描いた物語。
「サラブレドール」とは?
上記の通り本来の競走馬に代わって馬場を駆けるドールレースに特化して開発されたガイノイドたちの事。
元々は介護用アンドロイド(メイドロボ)を所持していたセレブたちが、戯れに自分たちが持っていたメイドロボたちに競争(かけっこ)をさせた事が起源。ここから競技が生まれ技術開発競争や動物愛護の観点などが相まって、従来の競馬から置き換わって公営賭博競技となっていった、という成り立ちがある。
サラブレドールは自らを形作る「サラブレイン・プログラム(頭脳・戦術データ)」と「ギア(筐体・駆動体)」から成り、この兼ね合いを調整しつつ成長していく。特に好成績を残した「プログラム」と「ギア」はそれぞれ世代継承されて新世代ドールへと受け継がれていく。すなわちサラブレドールは「プログラムの母(プロ母)」と「ギアの母(ギア母)」という二人の母親から生まれ落ちる。
レースにおける不確定要素を克服するために感情を持たされているが、故に恋愛感情に目覚める事がある。サラブレドールは二人の母をもってして生まれるため、同じサラブレドールを好きになる事は別に問題ではないが、時に自らの調教師(コーチ)に感情を向けるケースも見られる。(コーチ側も、いかにその感情を良い方向に昇華させてドールの方向性を示してやれるか、という技量を求められる)
一方で逆にレースを制するために感情を抑え機能だけに特化されたドールも存在する。その設計思想はドールレース発祥時に「より早く、より強く、計算のみ 」だけを求められレース特化で開発された3体のメイドロボに基づくもので、その設計思想を受け継ぐドールを始祖ドール(あるいは単に始祖)と呼ぶ。
ドールレースにおいては2つのツールを持って挑む。このツールはレース展開を自らの有利に運ぶための武装・防具や補助機構であり、そのためにドールレースは中盤より爆音噴煙渦巻く戦場の場と化す。それゆえに機構や能力では劣るドールも一発逆転のチャンスに恵まれやすく、その意味では非常に公平なレースであると言える。戦場の混乱から、いかにレースを制するか、というのもまたドールレースの醍醐味である。
またドールによっては自らの潜在能力を引き出すために、自らの手で自らの尻にムチをくれてやるという行動を行う者がいる。
おもな登場人物
- アクトレスユーコ(通称:ユーコ)
- カイザーリン(通称:リン)
- マチダ厩舎所属。「皇妃」とも称され同世代最強の天才と謳われるドール。不愛想で馴れ合いを嫌う孤高の天才であり誰も見えない場所で努力を重ねる至高の努力家。その一方でユーコを始めとする他のドールに対しては「仲間」と認めており、決して悪い感情を持っているわけではない。
- かつては本当の意味での孤高を抱え、他のドールたちを足手纏いと切って捨てる非情な性格であり、自らの鍛錬について行けない者には容赦ない存在で「潰し屋」とも称された。しかしギガメイド(後述)との戦いの果てに敗北を喫するとともに、勝利にすら喜びを得ない彼女の姿に戦慄するとともに自らの態度を顧みて「孤高の恐怖」を感じて「たとえ勝利を得てもひとりぼっちでは何の意味も無い」というドールレースの心得における最高の境地に、たどり着いた。そのため自らに追い付こうとするユーコらの姿には微笑ましく思い、自身も彼女らのために「誇り高き壁」であり続けようと励んでいる。
- 所持ツールは誘導弾道ミサイル「カイザーソード」2門。
- ユメノヒナギク(通称:ヒナギク)
- ヤマガタ厩舎所属。鬼コーチの指導に耐えて限界に挑む、熱血娘かつ同世代最大のダークホース。その走る姿が自身のパワーをもってすべてを巻き込み蹴散らしていくスタイルであるため、他のドールたちからは「暴風」と恐れられている。自身のコーチに惚れており、コーチのためにトップを目指す。本来、血統的には見るべきところも発展性も何もなく廃棄処分に至る寸前であったところを、現在のコーチに助けられて才能を見出されたという過去があり、コーチに対しては絶対の信頼と服従を誓う。ちなみにコーチからは「お前がクラシックを制覇し世界を得たならば、どんな願いでも聞き届けてやる!」と言われている。
- ちなみにコーチへの恋を自覚してユーコたちに打ち明けた時には、その言動から「ついに特訓のしすぎでサラブレインが壊れたか」と散々な評価をされた。
- 所持ツールは弾幕ミサイル「熱血」と、ブーストニトロ「爆発」の2つ。
- ちなみに初期ストーリーの出オチ要員でもある。自分で出番を期待して、結局、他の娘のメイン回だったり、他のドールと事故を起こしたりと、結構不憫。
- ヒメジャヒメジャ(通称:ヒメ)
- ソノザキ厩舎所属。振り袖姿が可愛い和風イカリング頭の、本作におけるロリ要員。泣き虫で臆病者。そのためレースでは今ひとつ一歩を踏み出せずにいる。自分の面倒を見てくれているコーチの「おにいちゃん」が大好き。仲間の中では最も幼くユーコとは仲良し。
- 所持ツールは振り袖をなびかせることにより他者の攻撃を弾く絶対防御「フリフリバリアー」と踝に装備された加速補助輪。
- ナニワキッスミー(通称:ナニワ)
- イワオ厩舎所属。明るく気さくな関西娘気質の持ち主。用いる言葉も関西弁。ホバーおよびニトロを用いた加速戦術を得意としており、それゆえに「浪速の爆突娘」の異名を持つ。その一方でカーブ攻略に難を持ち、これを原因として以前に大事故を起こした事があり、それがトラウマになりかけている。
- 実はリンとは育成牧場(ファーム)が同じで、トラウマとなりかけている事故も、リンによる無自覚な「潰し」が原因(リンが不必要に強烈なプレッシャーをかけてナニワの判断ミスを煽った)である。しかし、それに関してはリンを逆恨みするような事は無く「自らの未熟ゆえの事」と割り切っている。
- 所持ツールは脚部に仕込まれたホバー機構「ナニワホバー」と、ニトロ加速能力「キッス・ミー・ザ・ニトロ」の2つ。
- ミニミニコマチ(通称:コマチ)
- ウチダ厩舎所属。短距離を得意とする小柄な小兵(あと貧乳)で、ドールレースのアイドル。ファンに向かって「みんなのおかげで勝てました!」とアピールする、あざとすぎるドールである一方、自らの能力や過去レース、相手の性質などを冷徹に分析し「冒険はせず、勝てるレースを取って、確実に勝つ」事を信条とする超頭脳派サラブレドールである。
- 元々はウチダ厩舎の経済状況から負けを踏むことができない事情から、レースに対しては冷徹で、リンと同じく孤高のドールとしての側面を持っていた。素の性格も壮絶な皮肉屋。ただしコーチであるウチダ調教師(超高齢のベテランコーチ)には、表情をコロコロ変えながら甘えるなど気取らない姿勢を見せる。またユーコたちと接するうちに角が取れ(本人曰く「ユーコたちのバカが移った」状態になっ)ていった。
- ちなみに壮絶な辛党で、ウチダ厩舎名物の超絶激辛カレー(他のドールが食えば即死確実)が大好物。(ちなみに、このカレーに耐えられるのはコマチ以外ではリンのみ)
- レディバタフライ(通称:バタフライ/バタ子《ヒナギクのみ》)
- ヤナセ厩舎所属。地方レースから中央へと進出してきた期待のダークホース。ボディコンシャスに高笑いというトンデモバブルガール。しかして、その実態は田舎から出てきたばかりの地味少女で、バブリースタイルは中央(都会)を恐れた彼女が雰囲気に飲まれて他のドールたちに舐められないようにするための、精一杯の威勢だったりする。普段はお嬢様言葉でしゃべるが素の状態では訛りの激しい言葉を用いている。母親の反対を押し切って中央に進出してきたが、その実、母娘の仲はとても良く、故郷の期待に応えるためにも頑張っている。
- 実はヒナギクとは育成牧場(ファーム)を同じくする幼馴染同士であり、彼女からは本性を知られておりバタ子と呼ばれている。のち虚勢はコマチにもバレてしまい「レースだけならいざ知らず、私生活まで波風を立てないように」と脅されてしまう。
- 所持ツールは追撃型拡散式弾幕ミサイル「ゴージャスセレブ砲」と、防護バリア扇子「リッチ上流扇子」の2つ。
- ギガメイド(通称はナシ)
- ガモウ厩舎所属の外国産ドール。物語上の「現代」に生きる始祖ドール。ある事情からカイザーリンより興味と共にライバル視され、ゆえにユーコからも嫉妬を買っているが、始祖であるがゆえにその価値を理解できない。始祖であるがゆえに感情を持たないが、リンやユーコとのレースの果てに「理解不能の何か」を得たようなそぶりを見せた。
- 所持ツールは感情が低いゆえに可能となる、サラブレインリソースの完全開放を用いた「超高速分析」による「完全戦術」。
余談
前述のように「美少女+かけっこ+ギャンブル」という発想は、1991年にアリスソフトが既に完成させている。同社のヒットシリーズである『ランスシリーズ』3作目『ランス3』のヒントディスクに収録されたミニゲーム「走り女」がそれである。内容は「主人公がギャンブルレース【走り女】に出走させられる奴隷の少女を解放(身請け)するため、他ならぬ【走り女】で稼ごうとする」というゲーム。主人公(プレイヤー)が行うのは、走り女に出走する女の子にお金を賭けるだけだが、肝心のレース自体は(鬼畜な)障害物やレーサー同士の足の引っ張り合いが起こるなど、かなりえげつない。(そもそも大元の世界観からして内容などはお察しこの上ない)ちなみに、この『走り女』、好評だったのか『ランス4.1』のヒントディスク(1995年)で『走り女2』という続編が出た。
しかし、この時点では、あくまでも「美少女+かけっこ+ギャンブル」であり、さすがに出走する女の子を全てダイレクトに競走馬に見立てるような事はしていなかった。
実はのちにあかほり、自らのツイッターにて、本作の企画の大元がオリジナルパチンコの企画であった事をバラしている。ちなみに、この時に声優もキャスティングされていた。つまり、この作品にはもともと公式CVがあったのである。(それが誰かは明らかにされていないが)
しかし企画はリーマンショックの余波により企画元の会社がパチンコ製造から撤退して頓挫。企画が宙に浮いた。そこで、あかほりがお馴染みのKADOKAWAにメディアミックス企画として売り込む事で本作が作られた経緯がある。つまり本作は本来、アニメの先行漫画化作品だった。
しかしリーマンショックの厳しい折では、人気が取れるかが不確定な完全新規メディアミックス企画に乗るような会社はどこにもなく、結局、漫画のみで展開が終わることになってしまった作品である。
実は、あかほりの語る事には本作『サラブレドール』はセイバーマリオネット(TVアニメ版)と同じ世界の物語、つまり『セイバーマリオネット』の外伝である、という裏設定がある。(もっとも近年のあかほり氏はアピールしたい作品があると二言目には「セイバーマリオネット」の「続編・外伝」だとして軽々に話題に持ち出すので、どこまで本気かは不明である)
ただし、舞台が「どこ」であるのか(遠い未来のテラツーなのか、ディストピアから脱した地球なのか)は明言されていない。ただ、あかほりは(伊藤漫画版から世界観が隔絶されたリライト作品としてリスタートした場合などに)この裏設定が明言化できた時にはサラブレドールの成り立ちの設定が変わるとしているので、おそらくはテラツーが物語の舞台となり、サラブレドールの成り立ちも「汎用型マリオネットのかけっこ」から始まった形になるのだろうと思われる。