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オランダ出身の空手家で総合格闘家。第9代無差別級キングオブパンクラシスト、K-1GP2005年・2006年・2007年・2009年優勝、K-1初代スーパーヘビー級王者。

ニックネームは最凶巨神兵、巨大格闘ロボなどがある。


空手を最初に習い北斗旗で96年・97年と2度優勝。

1996年から総合格闘技のパンクラスにも出場、近藤有己に3連敗していたが、1999年ついに近藤有己に一本勝ちし第9代キングオブパンクラシストとなる。


2001年からPRIDEに出場し小路晃佐竹雅昭高山善廣戦と3連勝したが、2002年エメリヤー・エンコ・ヒョードルに判定負け、アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラに一本負け、2004年6月ヘビー級GP2回戦でセルゲイ・ハリトーノフに惨敗(パウンドで出血する場面が多く見られたため、地上波放送ではダイジェストで放送)。


2002年、K-1に参戦し、武蔵に2-1の判定勝ち、アーネスト・ホーストとドローの好成績を収めGP開幕戦でもミルコ・クロコップを破ったこともあるマイケル・マクドナルドに勝利するが、肩の怪我で欠場した(なおシュルトの代わりに出場したホーストがその年のGPを制覇し4度目の優勝を果たした)。


2003年、その年にGP王者となるレミー・ボンヤスキーに判定勝ち。2004年は5月にもキックルールでアレクセイ・イグナショフに惨敗のKO負け。


2005年からはK-1に主戦場を移し、パリで開かれた予選トーナメントでは全試合KO勝利で優勝。GP開幕戦ではラスベガス予選トーナメントを制したグラウベ・フェイトーザを判定で破ると、その勢いのままGPで一気に優勝し総合格闘技からは初、空手出身ファイターでは故・アンディ・フグ以来2人目のK-1制覇者となる、それ以降2007年まで史上初のK-1GP3連覇を達成した。K-1参戦当初は自身の身長を活かした前蹴りと首相撲からの膝蹴りを主軸にしたスタイルに依存しがちで賛否両論あったが、ルール改正で首相撲からの攻撃が制限される徐々にパンチやハイキックも使用するアグレッシブなスタイルに進化させていった。


2007年、レイ・セフォーに逆転のKO勝ちし、初代スーパーヘビー級王者となる(以降4度防衛)。


2008年にはGP開幕戦でピーター・アーツにリベンジを許しGP4連覇を逃すも、2009年GPで1998年にアーツが優勝して以来の全試合1ラウンドKOで優勝し王者返り咲きを果たす。これによってホーストと並ぶ4度目の優勝を果たした。


2012年の大晦日にGLORYヘビー級王座トーナメントを最後に現役を引退し、現在はジムを運営して後進ファイターの育成やフィットネスなど幅広い世代を指導している。


複数の対戦経験がある選手との戦績は、アーツとは2勝3敗、ジェロム・レ・バンナ、ボンヤスキー、グラウベとは3戦全勝、セフォーバダ・ハリとは1勝1敗。セフォー、武蔵とは2戦全勝。ホーストとは2勝1分。

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