ナラシンハとは、インド神話のキャラクターの一つである。
ヌリシンハとも。
概説
ヴィシュヌがアスラのヒラニヤカシプを退治するべく地上に降り立った際に変じた姿といわれる第4のアヴァターラ。
ナラ(Nara=人)シンハ(Simha=獅子)の名の通りライオンの頭と鋭い爪を持つ屈強な獣人。
そうなった経緯にはアスラ神族のダイティア族の王であるヒラニヤカシプの無敵性が関係している。
逸話
ヒラニヤカシプは、かつてヴィシュヌ神の第三分神であるヴァラーハに挑んで敗れたヒラニヤークシャと兄弟であった。
天地冥の三界を牛耳る強大なアスラだったヒラニヤカシプは、兄への復讐を誓って「自らの肉体をほかの動物たちに食べさせる」という強烈な苦行に邁進し、苦行をブラフマーに認められ、肉体を元に戻してもらうとともに無敵の肉体を得るという願いを叶えた。
具体的には『昼と夜、屋外と屋内の地面と空中で、神・アスラ・人・獣のどんな武器でも死なない』というガチガチのセキュリティである。
その完成された護身によって、ヴィシュヌに奪われた天界の支配を奪回し、兄の無念を晴らし、ヴェーダ神族を追い散らしてインドラの宮殿を乗っ取ると、三界に自らだけを崇めるよう宣称した。
ところが悲願成就と同じ頃、ヒラニヤカシプの息子・プラフラーダは、よりにもよって怨敵ヴィシュヌを篤く崇拝するようになってしまった。そしてヴィシュヌを賛美する説話を市井に広め、ダイティア族内にもヴィシュヌ信仰が流行し始める。
焦ったヒラニヤカシプは一族のヴィシュヌ信仰者を集めて虐殺し、息子にはヴィシュヌへの信仰を捨てるよう何度も迫るが、プラフラーダは父の言葉に耳を貸そうとせず、より一層ヴィシュヌへの信仰心を強めていった。
そしてとうとう、ある日の夕刻、ヒラニヤカシプは出かけようとするプラフラーダの前で激怒し、「お前の神は何処にいる」と問い質す。
プラフラーダは怒る父に、「ヴィシュヌは何時いかなる処でも我らの傍にいらっしゃいます」と毅然と言い放つ。
息子の言葉に堪忍袋の緒が切れたヒラニヤカシプは、「なら何故今すぐ出てこない、この玄関の柱にも宿っているのか、嘘吐きめ!!」と罵り、柱を叩き壊した。
すると壊れた柱から、巨大で勇壮な獅子の頭を持った白銀の獣人が姿を現し、驚くヒラニヤカシプを膝の上に載せる(または膝の上に乗る)や、鋭い爪でその腹を裂いて無敵の魔王を斃したのだった。
のちにプラフラーダは晴れてヴィシュヌ信仰を一族に広めて加護を得、その子ヴィローチャナが勢力を拡大し、そして孫バリはマハーバリと呼ばれる最良のアスラの王となったという。
状況整理
ヴィシュヌはヒラニヤカシプの息子で自分の信者であるプラフラーダの協力を得て彼を誘導し、
- 昼でも夜でもない夕方の時刻の、
- 屋外でも屋内でもない玄関で、
- 神でもアスラでも人でも獣でもないライオンの獣人として、ヒラニヤカシプが調子に乗って割った柱の中から飛び出し、
- 地面でも空中でもない己の膝の上に彼を乗せ(または彼の膝の上に立ち)、
- 一切の武器を使わず徒手空拳で引き裂き、
ヒラニヤカシプを殺すことが出来る唯一の状況を作り出した。
言うなれば傷害保険の適用対象外となるTPOを狙い、ライオンの覆面レスラーとして身元を誤魔化し、シュミット式バックブリーカー(またはシャイニングウィザード)からのアイアンクローで闇討ちをかましたのである。
ちなみに古い時代の絵画では、「ヒラニヤカシプを膝に寝かせて腹を裂く」という方法を取っていた。
そもそも原典では「膝の上で殺した」くらいの曖昧なニュアンスで語られているらしく、シャイニングウィザード式は近年の読解によって判明した新説だったりする。