概要
サンスクリット語で「降下」を意味する語であり、天上の神(デーヴァ)が別の姿をとって地上に降りてくる、という教説である。
ヴェーダ時代にはなかった概念で、より時代がくだった以降のプラーナ文献、二大叙事詩(『マハーバーラタ』、『ラーマーヤナ』)から現われてくる。
『マハーバーラタ』に収録された重要教典『バガヴァッド・ギーター』では、この経典の教主であり、ヴィシュヌの化身であるクリシュナがこのように語る。
アヴァターラには大きく分けて四つのパターンがある。一つは本体・本源である神からわかれた分身のような存在として、親から生まれてくる例(ラーマ、クリシュナなど)。
二つ目の例は別の神から(配偶神との交わりなしで)分裂するように発生する例(ブラフマーの心から生まれたチャトゥルサナ)。
三つ目は、肉親からの出生等を介さずに神自身が別の姿に変身して現われる例(ナラシンハやモーヒニーなど)。
四つ目は、無生物から現われる例(乳海撹拌の神話で、乳海の水から現われたダンヴァンタリ、死体から生み出されたプリトゥ)。
同じ神の化身が同時代に複数人、地上に存在する事もある。『ラーマーヤナ』に登場するラーマとラクシュマナの兄弟は両方ともヴィシュヌの化身であり、別の化身パラシュラーマはラーマと戦った事もある。パラシュラーマは神話上の時系列では後の時代にあたる『マハーバーラタ』にも登場し、クリシュナの同時代人として様々な英雄の師匠となっている。
神の化身は神話時代や古代だけでなく、それ以降の時代にも現われるとされており、各宗派の聖者が化身として信仰を集める事も。
ヴィシュヌのアヴァターラ
マツヤ、クールマ、ヴァラーハ、ナラシンハ、ヴァーマナ、パラシュラーマ、ラーマ、カルキ。
この八名に加え、クリシュナ、ブッダ、バララーマ、有力な地域神であるジャガンナータとヴィトーバー(Viṭhōbā)のうちの二名を加えた十化身は「ダシャーヴァターラ(十のアヴァターラ)」と総称され、ヴィシュヌの代表的な化身である。
『バーガヴァタ・プラーナ』ではチャトゥルサナやヴィヤーサ等を加えた22名のリストを紹介している。
1:チャトゥルサナ(ブラフマーの心から生まれた四人の童子神)
2:ヴァラーハ
3:ナーラダ(七聖仙サプタ・リシにも数えられる聖賢。音楽との関わりも深い)
4:ナラ=ナーラーヤナ(双子の聖者)
5:カピラ(サーンキャ学派の祖)
6:ダッタトレーヤ(トリム―ルティの化身。三面六臂に三神の持物と象徴を備える)
7:ヤジュニャ(ヒンドゥーの儀式ヤグナの神。のちに彼の出現的には不在だった天界の主インドラの座につく)
8:リシャバ(「牡牛」の名を持つ聖者。ジャイナ教における救世者ティルタンカラの一番目リシャバナータと同一視する説もある)
9:プリトゥ(暴君の亡骸から生み出された名君。母なる大地を初めて開墾し、牛から乳を得る仕組みを生み出した、農業と乳業の祖)
10:マツヤ
11:クールマ
12:ダンヴァンタリ(アーユルヴェーダの祖たる医神)
13:モーヒニー(シヴァとの間にアイヤッパンをもうけた女性化身)
14:ナラシンハ
15:ヴァーマナ
16:パラシュラーマ
17:ラーマ
18:ヴィヤーサ(四ヴェーダの編者で、ガネーシャと共に『マハーバーラタ』の執筆をしたとされる聖者)
19:バララーマ
20:クリシュナ
21:ブッダ
22:カルキ
シヴァ(ルドラ)の化身
プラーナ文献に記された神話にはシヴァの化身についての記載がある。描写としては地上で生まれた分身のような存在であったりとヴィシュヌのアヴァターラとの共通点が多い。
しかし、シヴァを主神とするシャイヴァ派(シヴァ派)ではヴィシュヌ信仰ほどにはこの語彙は用いられない。
シヴァの化身に該当する存在としてはトリムールティとして共に化身したダッタートレーヤ、死神ヤマ、愛欲神カーマ、怒りの神クローダと共に化身したアシュヴァッターマン等がある。
風神ヴァーユの子である猿神ハヌマーンも後にシヴァの化身とされ「ルドラ・アヴァタール」の別名で呼ばれている。
デーヴィー(女神)の化身
シヴァにマハーカーラやバイラヴァといった相があるように、女神も別の相を持つとされる。パールヴァティーにおけるドゥルガー、カーリーが代表例。
また、上記の男神達のように、女神達が自身(本体)とは別個の存在として下生したエピソードもインド神話には存在する。
例としてはクリシュナと同時代に現われたラクシュミーの化身であるルクミニーとラーダーラーニー、パールヴァティーの化身で南インドのマドゥライに栄えたパーンディヤ朝の王族として生まれたミーナークシーがいる。
ヴィシュヌへのバクティ(信愛)を広めた12人のアールワール(吟遊詩人)の紅一点アーンダール (Āṇḍāl)はブーミ・デーヴィーの化身とされる。ブーミ女神は、ヴィシュヌの妻を複数人とする説における妻の一人である。
シェーシャの化身
ヴィシュヌが乗り物または寝台とする世界蛇アナンタ・シェーシャも地上に化身し、ヴィシュヌの化身を補佐するとされている。
神話では『ラーマーヤナ』のラクシュマナ、『マハーバーラタ』のバララーマの本体がシェーシャとされている。
ヴィシュヌを主神とする宗派ヴァイシュナヴァ派(ヴィシュヌ派)の学匠・聖者にもシェーシャの化身とされる人物がいる。
神の持物の化身
神ではなく、神が所有する器物が意思・人格を持つ存在として下生するとされる例もある。
『マハーバーラタ』に登場するハイハヤ族の王カールタヴィーリヤ・アルジュナはヴィシュヌ神の持物スダルシャナ・チャクラの化身とされる。
ヒンドゥー教哲学者ラーマーヌジャは主にシェーシャの化身と位置づけられるが、『遊行者の王に関する七十頌』(Yatirajavimsati)というテキストではヴィシュヌの五つの武具(法螺貝、円盤、棍棒、剣、シャールンガ弓)の化身とされている。
南インドの楽聖ターッラパーカ・アンナマーチャーリヤ、アールワールの最初の三人のひとりペーヤールワール(Pey Alvar)はヴィシュヌの剣ナンダカの化身とされる。
関連タグ
権現:日本仏教における「仏尊の化身」