概要
世界に14座ある8000メートル峰のうちの一座で、順位としては8番目に高い。ネパール中西部に位置し、山域全体がネパール領内にある3山のひとつ(他の2つはダウラギリとアンナプルナ)。
山名の由来は「霊魂の土地」あるいは「精霊の山」を意味するサンスクリット語(諸説ある)。その名称から推察できるように、地元民にとっては聖なる山のひとつとして信仰対象になっている。
初登頂は1956年、日本山岳会第三次マナスル登山隊(つまりは三度目の正直だった)によるもので、5月9日に今西壽雄とシェルパのギャルツェン・ノルブによって成し遂げられた(その2日後に加藤喜一郎と日下田実が二次登頂)。このニュースは敗戦後間もない日本で歴史的・世界的快挙であると受け止められ、登山界のみならず日本国民全体を熱狂させるお祭り騒ぎになり、と同時に大の登山ブームを巻き起した。
その後も1971年の第二登、74年の女性登山隊による初登頂(田部井淳子のエベレスト女性初登頂の一年前)などの快挙が続き、いつしかこの山は「日本人のヒマラヤ」「日本人の山」などと呼ばれ、マナスルの山名はすっかり人口に膾炙するまでに至った。
‥‥のだが、「次の課題」と言われた冬季登頂を84年のポーランド隊に先を越されるなど、これといった目立った成果があがらず、次第に忘れ去られていった(2006年にはこの有名人も登頂しているのだが)。再びこの山の名が国民に広く知れ渡ったのは、やはり2013年のイモトアヤコら日本テレビ「世界の果てまでイッテQ!」登山部による登頂成功だったろう。
2000年代になるとこの山を目指す登山家が急増し、18年時点でその登頂成功者数は1700人台にまで達している(エベレスト、チョ・オユーに次いで第3位)。これはそれまで「初の8000m挑戦」「エベレストの前哨戦」として登られることの多かったチョ・オユーなどチベットとの国境に位置する8000メートル峰が主に某国のせいで敬遠され、前述したように完全にネパール領内にあり政治的問題を気にせず登れるこの山が好まれるようになった、からだと言われている(「イッテQ」で選ばれた理由も、おそらくはそれ)。
ただ、その「イッテQ」番組内で天国じじいが力説していたように、だからといって決して安易な山ではない。特に怖い、とされているのが雪崩で、事実1972年と2012年には一度に10名以上が亡くなる大事故が発生している。
まあ他のふたつの山、特にコイツに比べれば難易度は段違いに低いのだろうが‥‥
余談
ヒマラヤ山脈を越えて南へ渡る鳥、として有名なアネハヅルが最初にその飛ぶ姿を目撃されたのがこの山だった(1956年の遠征記録フィルム映像に偶然撮影されていた)。
ベースキャンプから撮影したもっとも一般的な構図写真では二つ並んだ山のうち右側の方が高く見えるが、これは遠近感による錯覚で8000m級の本当の主峰は実は左側(トップ画像参照)。右の山(北峰)の標高はそれより約1000mも低い。