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ワシントン(戦艦)

せんかんわしんとん

アメリカ海軍の、ワシントンと言う名前の戦艦。愛称はマイティW(Mighty W)。大西洋、太平洋の両面で活動し、ノルウェー沖から西太平洋まで駆け回った米軍きっての武勲艦。
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※戦艦に関するタグとしては、「ワシントン海軍軍縮条約」もあるため、検索は「ワシントン 戦艦 -条約」で行うとよい。


概要と略歴編集

アメリカ海軍戦艦ノースカロライナ級の2番艦。艦名はワシントン州に由来する。

1941年に就役。

元はコロラド級戦艦の1隻として就役する予定だったが、ワシントン海軍軍縮条約の締結会議において「戦艦陸奥とワシントンの建造の進捗状況の是非」を巡って論争となり、陸奥は進水済みだったためギリギリ認定されたが、ワシントンはその状況に到達しておらず、解体処分を言い渡される。

その結果を受け、次級のノースカロライナ級2番艦として改めて建造され、ようやく就役するに至った。

就役してから退役まで、姉妹艦のノースカロライナともども機関の不調に悩まされ続けた。


座乗していた艦隊司令官が変死。護衛していた船団も壊滅編集

1942年2月にイギリスに派遣されるが、この時座乗・指揮を取っていた大西洋艦隊司令官が行方不明になり、その後海面を漂う遺体が目撃された。荒天により転落死したと思われる。遺体は回収できなかった。

7月にワシントンは北極海でイギリス海軍との合同作戦によりPQ17船団の護衛支援をして戦艦ティルピッツを含むドイツ水上部隊が出撃してきた場合に備えたが、結果的に船団はドイツ軍の潜水艦と航空機の攻撃で壊滅した。


6隻対14隻、最終的には1隻対13隻で日本艦隊に立ち向かい、勝利。編集

11月の第三次ソロモン海戦では名将ウィリス・A・リー提督の旗艦として参加、戦艦霧島・駆逐艦綾波を葬ったことで知られる。

第三次ソロモン海戦では僚艦のサウスダコタが霧島などの砲撃により戦闘不能になり味方の駆逐艦部隊は綾波などの攻撃により一隻を残して全滅するなか、近藤信竹中将の指揮する日本艦隊13~14隻に対してたった一隻で大立ち回りを演じ、霧島高雄愛宕長良朝雲五月雨初雪らの猛砲撃と雷撃をほぼ回避、逆に新兵器のSG捜索レーダー(PPI式スコープ)やmk3射撃管制レーダー(Aスコープ式)を駆使して戦艦霧島を撃沈したという逸話を持つ。

数度に渡ってワシントンへ向けて発射された計三十本以上の酸素魚雷は全て外れるか手前で自爆し、損害は駆逐艦の主砲弾と思われる12.7cm砲弾1発が艦橋に命中したのみだったという。

 

また第三次ソロモン海戦の直後、駆逐艦陽炎親潮は戦場を離脱する米戦艦と遭遇したが、陽炎は交戦できず(乗組員曰く「どうしたらよいのかわからなくなった」)、親潮は魚雷を発射したものの命中弾は得られなかった。この戦艦はワシントンと考えられている(ワシントン側はどうやらこれに気付かなかったらしく、米軍の記録にはない)。


サウスダコタとの確執編集

戦艦ワシントンは第3次ソロモン海戦の折、戦艦サウスダコタの窮地を救った。

だが、話はまだ終わっていなかった。

帰国したワシントンの乗員を待っていたのは称賛の声ではなく、侮蔑の目だったのだ。

何故なら、「ワシントンはサウスダコタを見捨てて逃げたのでは?」という噂が広まっていたから。

更にそれを煽るかのようにサウスダコタの艦長はサンデー・イブニング・ポスト誌の取材でこう証言した。

戦艦X(サウスダコタ)が霧島を撃沈し、ワシントンは逃げた!

この出来事をきっかけに歓楽街で両艦の乗員が乱闘を起こし、留置場が満員になる程の騒ぎに発展した。

この禍根は戦後まで続いたという。

このようなことになった原因として

  • 戦闘は第3次ソロモン海戦二日目の夜戦だった
  • サウスダコタは駆逐艦綾波&浦波の攻撃と人的ミスでレーダーや通信機器を含む電気系統がダウンしていた
  • 連絡が取れないのでワシントンとサウスダコタは互いの位置を把握出来なかった
  • ワシントンのレーダーは既に霧島を補足していたが、所在不明のサウスダコタである可能性を考えて攻撃をしなかった
  • ワシントンが攻撃可能になったのは霧島が探照灯を照射しているのを確認してからで、その時既にサウスダコタは撤退を開始していた
  • サウスダコタのギャッチ艦長が雑誌でサウスダコタの活躍を誇張した

という点が挙げられる。


いずれにせよ、ワシントンにはとんだとばっちりである。

ワシントンの乗組員はサウスダコタの乗組員を「呆れた糞ったれ」と呼んだそうである。


その後の活動と退役まで編集

その後も高速戦艦として空母部隊の護衛として、艦砲射撃部隊としてマリアナ沖海戦レイテ沖海戦などに参加、僚艦が神風攻撃により次々と甚大な被害を負う中ほぼ無傷で戦い続け、太平洋戦争の全期間を通じて戦闘による戦死者数0を記録した。

 

その一方で戦闘と関係ない所では機関の不調に悩ませたり、座乗していた大西洋艦隊司令が時化で転落死したり、戦艦インディアナと衝突事故を起こして数人の死者を出したり、第三次ソロモン海戦後にサウスダコタ艦長の逆恨みを買い新聞にデマ記事を書かれたりと武運以外の運には恵まれない悪運艦であった。

 

1945年の日本降伏調印式に参加。1947年に予備役入り、そのまま1960年に退役、スクラップとなった。現役期間は6年ほどと非常に短かった。


 

擬人化編集

艦隊これくしょん』の絡みで擬人化も増えつつある。

Hey Kirishima!


以下のものについては、リンク先の独立記事を参照のこと。


関連タグ編集

ワシントン(無印)

アメリカ海軍 戦艦 ノースカロライナ級


外部リンク編集

Wikipedia-ワシントン (BB-56)

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