概要
かつて大筒木一族の一人・大筒木シバイが使っていたとされる神術の一つ。
シバイが肉体の頸木から解放され高位次元存在、つまり「神」へと昇華した後は誰も使い手が現れなかったが…。
全能により起こった事象
魅了
シバイの細胞を移植された人間・エイダが、自身の願望をトリガーとして無意識化で引き起こした現象。
「他人に愛されたい」という願いが元になっており、これによりエイダを肉眼で目視した人物は彼女に対する警戒心・敵対心が薄れ、無条件で彼女に対する愛情(友愛や庇護欲など)を抱く。
彼女の能力を知っている場合でもそれは同様であり、理性では危険性を理解していても身体が彼女を害することを拒絶するため、実質「第三者を間に置き、彼女と一切の接触を断つ」ことしか回避手段が存在しない。
記憶・認識の改変
大筒木イッシキに「楔」を刻まれながらも人格の上書きを免れ後天的に大筒木一族へと至った人間・カワキがエイダの傍で強く願った結果、彼女を介して偶発的に引き起こしてしまった現象。
元々のカワキは「木ノ葉隠れの庇護下に置かれていたよそ者」だったが、この改変の直前に後見人である七代目火影・うずまきナルトとその妻・うずまきヒナタを自身固有の異空間に封印した後、夫妻の息子であり大筒木モモシキという最大の危険人物をその身に宿していたうずまきボルトの抹殺を図り(夫妻の封印はこの行為の妨害を事前に防止するため)、里中の忍たちから敵意を向けられていた。
そして「あいつと俺の立場が逆だったら」と願った結果、世界中の人々の記憶と認識が入れ替えられ「カワキはナルトの息子であり、里の次代を担う存在」「ボルトはよそ者でありながら、庇護者であるナルトとヒナタを害して恩を仇で返した挙句、カワキを殺そうとした大罪人」という認識になってしまった。
カワキはモモシキを合法的に葬るためこの状況を利用して「ボルトがナルト達を殺した」と偽り、得た立場を利用してボルトを追い立てるが、ボルトはうちはサスケに助けられ里を抜け、来るべき時まで研鑽を積むことを選んだ。
なお、あくまで効果が及ぶのは認識情報だけで物理的痕跡まで変更できないが、それにより生じる矛盾すらも時間経過と共に薄れていくため、論理的に改変の事実に行き当たるまで違和感に気付くことは困難。
事実、サスケはボルトの中にいるモモシキや一文字傷の入った額当てをボルトが持っている点に関して「本来なら"カワキ"の中にいるモモシキがなんでボルトの中にいる?」「額当てを渡したのは"カワキ"のはず」という絶対に無視できない違和感を感じているのに「元から」という身も蓋もない絶対にありえない納得の仕方をし始めている事そのものを異常と感じていたが、それですら「サラダが万華鏡を開眼してまで頼んできた」という前提がなければ疑えなかった程
さらには「全能という概念」自体が記憶に定着しない性質を持つため、説明されても認識を改めることは出来ず、仮に改めても上記の通り明らかに不自然な納得の仕方で効果下の認識に修正されてしまう。
そのため何らかの方法で論理的に「記憶とは違うが真実はこうだ」と言う確証なり疑念なりを持たないと対抗することは難しい。(例えばアマドの様に「残されている記録や状況と自分の記憶が矛盾する」という違和感に対し、本来なら誤記や何かの間違い、改竄を疑うところを「俺は科学者だ、だから記憶より記録を信じる」と結論付け、全能では変えられない痕跡、記録を正とすることで効力を脱しており、サスケも「自信の記憶ではなく娘の認識を信じる」という形で常に自身の記憶を疑うことで逃れている。)
効果を受けない例外
- 発動者
効果の起点であるため。
- 大筒木一族の肉体を持つ者
元々大筒木一族の力であるため。後天的に大筒木一族の肉体になったカワキとボルトも該当するが、「楔」に適合したものの「器」にはなれなかったコードには普通に有効。
- 術者の血縁者
エイダの場合限定。この場合実弟のデイモンのみが該当。
上記のいかなる場合にも該当しないが、なぜか効果を受けない。
改変に気づいた人物
カワキの体の診察結果を見て「人体をここまで改造できるのは自分しかいない」→「つまりこの改造は自分がやった」→「『殻』にいた頃に改造したのはボルトだったはず」→「ならば記憶の方が間違っている」という論法で認識改変に行き当たった。
カワキ周りの違和感からいくつもの仮定を導き、「何らかの方法でボルトとカワキに対する認識が改竄されている」と前提を置けば全てが説明できることに気づき、密かにボルトに連絡を取り協力を取り付けている。
大筒木イッシキとの戦いで瀕死になった際に発現した起こりうる未来を見通す「十方」という神術で全能の発現を視たことで、改竄は受けたが客観的に状況を理解できていた。
余談
うちはイタチは生前、サスケに対して「うちはを滅ぼした仇敵」としての自分の姿が幻であることをそれとなく示唆しているが、この時彼が口にした「その現実は幻かもしれない」という一連の台詞が(恐らく偶然と思われるが)全能の効力を端的に説明している。
またうちはシスイの固有の術である『別天神』はある種、この全能を個人から複数単位に絞った術とも取れるため、その類似性を指摘されている。
実際に「忍術は神術と同じ現象を再現したもの」との経緯が作中では明かされている他、時空間忍術を操る神威や神樹の力である木遁といった大筒木一族の力に先祖返りしたかのような能力はカグヤの血統で他にも存在する。
別天神も無限月読に対する月読のように、全能の一端がうちはの血脈において発現したものと考えられる。