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南部晴政

なんぶはるまさ

南部晴政(1517年 - 1582年1月27日)とは陸奥の戦国大名で、南部氏二十四代当主。
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南部晴政(史実)

三戸南部氏出身の当主・南部安信の長男として生まれる。南部氏とはもともとは甲斐国南部郷を領した平安時代末期の南部光行が始祖とされるが、安信・晴政以前の家督の資料は少なく、名門だがその系譜には謎の多い一族である。

1539年、家中の領地争いが原因で、晴政の裁定に不満を持った家臣の赤沼備中に居城を焼き討ちされる(一説ではこの時南部氏の資料の多くが焼失したという)。その後上京(放火事件発生時点で既に城を発っていたとも)し、当時の将軍足利義晴から一時拝領して晴政と名乗る。

1541年に当主となると、まず自分に反抗した家臣らを討って居城の三戸城を再建。さらに当時分裂していた南部氏を統一して周辺の斯波氏、戸沢氏、安東氏などと争う。優れた武勇で所領を拡大し、有力一族の家臣団編入にも成功。織田信長と親交を深めるなど外交能力もあり、『三日月の 丸くなるまで 南部領』(夜に南部領に入ると、通り過ぎるころには三日月が満月になるほど広大という意味)と謳われる南部氏の最盛期を築いた。

正室との間に女児は多かったが長らく跡継ぎに恵まれず、後継者として一族で娘婿の南部信直を養子に迎えていたが、50を過ぎて側室との間に長男晴継を授かる。
実の子に後を継がせたい晴政は信直を疎むようになり、両者の関係は急激に悪化。
さらに一族で当時大浦姓を名乗っていた津軽為信が謀反を起こし、その鎮圧に失敗する。
元々有力な家臣や一族が多かったこともあり、晩年はこれら家中の不和や謀反に悩ませられた。

1582年に死去(享年66歳)。晴継が後を継いだ。
一般には病死とされるが、「実際の没年は1572年であり、信直の謀反により晴継共々討ち滅ぼされたが、謀反の事実を隠す為に信直側によって没年を10年ずらされた」という説が存在する。
幼い晴継はその後、上記の謀反、あるいは疱瘡、もしくは暴漢に襲われいずれにせよ家督継承直後に死去。その後は信直が継ぐこととなる。

創作物における南部晴政

信長の野望

初期~中期のシナリオでは南部家の当主
この年代の東北の武将は戦闘能力が高い武将が少ないが南部家の武将は割と恵まれてるので
難易度的には割と易しかったりする。ただしシナリオによっては津軽為信が謀反を起こすイベントが
発生するので注意。

南部晴政(戦国BASARA3

降りてたまわれ


属性
武器
肩書霊魂不滅(れいこんふめつ)
登場時の書き文字呼出
一人称わし
声優宝亀克寿

概要

霊場である恐山を守っている武将。
不思議な呪文を使い、「南部黄泉夜行」と呼ばれる力で死亡した亡者をあの世から現世へと喚び出せる。それなんてバイオハザード?
「亡者」という言葉がどう聞いても「もんじゃ」にしか聞こえない。
仲間武将としては、「プレイヤーを一度だけ蘇らせる」という技能を持ち、非常に重宝する。
モーションは忍者のものを流用している。

関連タグ

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