この奇怪な物語の主人公は、そのサソリである。いや、サソリにそっくりの人間である。
概要
1933(昭和8)年、大日本雄弁会講談社の大衆雑誌〈キング〉に翌年まで連載された江戸川乱歩による通俗探偵小説作品のひとつ。
ここで言う「妖虫」とはサソリの意味。
戦後、『少年探偵団』シリーズの一作として乱歩自身の手で(勿論18禁要素をバッサリとカットした上で)リメイクされ、『鉄塔の怪人』と改題されている。
あらすじ
相川守は妹の珠子、その家庭教師殿村京子の三人でレストランで食事中、同じ店内にいた青眼鏡をかけた謎の男による犯罪計画を(京子の読唇術により)知る。好奇心から翌日その現場に一人で出向いた守の目の前で起きたのは、美貌の映画スター春川月子の惨殺だった。
月子は5日前に自宅寝室から突然行方不明になり、真っ赤に塗られたサソリの死骸だけが残されていたことを守は新聞記事で読んでいた。つまりあの青眼鏡の男こそが、この凶悪猟奇殺人犯「赤サソリ」なのだろうか?
次のターゲットが自分の妹・珠子であることを知った守は、名高い私立探偵三笠竜介にこの事件解決を依頼しようとするが、赤サソリ=青眼鏡の奸計にはまって探偵ともども窮地に陥る。一度はそこから脱して珠子の危機を救いかけるが、頼みの綱の三笠探偵が賊達の逆襲を受けて負傷。
こうして哀れにも敵の手にまんまと堕ちた珠子は、この後――
(これより先は単行本を入手するなり下記関連リンク先に飛ぶなりして、ご自身でご確認ください)
主要登場人物
三笠竜介(みかさ・りゅうすけ)
「ハハハハハ、わしの作った陥穽に、わし自身がつき落とされたのだよ」
本作のメイン探偵役。日本のシャーロック・ホームズといわれるが、非常な変わり者でヒゲもじゃな老人。この一作だけの起用キャラだが、その記念すべき初登場シーンがとってもオマヌケな上に、それ以外でも‥‥。
相川守(あいかわ・まもる)
(今にも! 今にも!)←すぐ目の前で春川月子が殺されようとしている
大学法科の学生で、相川操一の長男。妹の珠子から「探偵さん」と渾名される程の探偵好きで、「人一倍好奇心が強くて、冒険好きで、いわゆる猟奇の徒であったことが彼の長所でもあり弱点」。今回の一件に探偵三笠を引き込み、それをどっぷり信頼しすぎた結果‥‥。
相川珠子(あいかわ・たまこ)
「ねえ、青眼鏡さん! あたしのからだがそんなにも欲しいの?」
守の妹、18歳。「東京女学生美人投票第一席ミス・トウキョウ」に選ばれる程の、自分でも自覚のある美少女。その結果‥‥!
相川操一(あいかわ・そういち)
「事業界一方の驍将(ぎょうしょう)」と呼ばれる成功者。守・珠子兄妹の父。
殿村京子(とのむら・きょうこ)
珠子の家庭教師。40歳越えの醜婦だが知性的。読唇術を知っている。
春川月子(はるかわ・つきこ)
M映画会社の人気女優で、大新聞主催のミス・ニッポン投票第一席当選した程の美人。第一の悲惨極まりない被害者。
桜井品子(さくらい・しなこ)
珠子と同じ女学校の二年上級生で、2人揃って「美貌の友」という渾名で呼ばれていた仲。才能豊かなヴァイオリニスト。
桜井栄之丞(さくらい・えいのじょう)
富豪の代議士。品子は一人娘。
青眼鏡(あかさそり)
この作品の犯人。赤いサソリの死骸や絵を犯行現場に残すのが常套手段。
本作をリメイクした少年向け版では、例によって怪人二十面相がこのポジションに座る。
余談
「相変わらずの荒唐無稽小説だが、真犯人とその動機はちょっと珍しい着想」が作者による自作解説。しかし日本ミステリ評論の第一人者中島河太郎は「謎解き構成をとろうとしながら、グロテスクな味付けを払拭しきれてない」とバッサリ切り捨てている。
乱歩は同時期に探偵小説専門雑誌〈新青年〉に本格小説『悪霊』を連載開始したが、「作者の無力により」僅か3回で中絶し物議をかもした。
一方並行連載していたこの『妖虫』は通俗作品のため本格作ほど構成その他に苦労することもなく、また〈キング〉の方が原稿料が高かったこともあって、こちらは完結‥‥こそさせたもののますます火に油を注ぐ結果になり本格ファンの間で更に批判されることとなった。
警告!
とってもグロい内容の作品です。特にこれ好きな方は覚悟の上でお読み下さい。