概要
『宇宙の戦士』(原題:Starship Troopers)
SF作家のビッグスリーとして有名なロバート・A・ハインラインのハードSF小説。
人類が銀河全体に植民を始めている未来世界。主人公、ジュアン・リコ(通称ジョニー)の一人称で語られる。
何不自由ない生活をしていた青年がふとした切っ掛けで軍隊に入り、過酷な訓練や実戦などを経て軍人として成長していく青春小説である。
本作の非常に特徴的な世界観のひとつに「最低2年間の軍務を全うし、退役した者でなければ公職に就けず、参政権が与えられない」というものがある。
参政権を持たない者は「一般人」、軍を退役し参政権を持つ者は「市民」として区別されるが、納税額や身分といった特権は一切無い。あくまで被選挙権と投票権、公職(警察官や教師など)へ就く最低条件である以外の区別は存在しない。
「体罰の肯定、軍隊の肯定、戦争の肯定」として軍国主義的だ、という議論を呼ぶ内容だが、作中で描かれてる世界は完全かつ完璧なシビリアンコントロールが機能しており、過去における政治機構の欠点を登場人物たちが議論をする形で具体的に解説し、結論を述べている。
また、犯罪に対する刑罰として「ムチ打ち刑」が行われていることも特徴の一つである。
「懲役刑や禁錮刑では犯罪者が真に反省することは絶対に無い」として、精神ではなく肉体に苦痛を与えることで生命が持つ「苦痛を回避する」という本能を利用し再犯を防ぐ、という意図がある。
本作は作者であるハインラインの思索した実現可能な理想的民主主義国家の姿であり、出版当時(1959年)のアメリカ政府、アメリカ軍のあり方すらも批判している。
作中でこの世界の歴史が語られるが、それによれば21世紀以降の世界大戦と大国の失墜により、世界は秩序が崩壊した無政府状態に陥るも、その事態を収めた退役軍人達の自警団に起源を発する「地球連邦」が発足。人種・性別による差別はなく「兵役を経験した者は、自らの意志で、自分自身の利益より公共の福祉=社会全体・人類全体の利益を優先させる」という理由で、「兵役経験者・軍歴の有る者だけに参政権を認める」という区分のみがある社会が築かれた、とされる。
原作あらすじ
主人公ジョニーは親友のカールが高校卒業後に軍隊へ志願するという話を聞き、自分も志願してみようと軽い気持ちで考えていた。
このことを父親(エミリオ・リコ)に相談したジョニーだったが、父は自身が運営する会社を将来的に継がせる事や、高校卒業祝いに火星旅行をプレゼントするつもりだった事をジョニーに打ち明ける。父親からの説得とサプライズで、ジョニーはこの時は志願を取りやめる決心をする。
カールの志願手続き当日。付き添いで一緒に来ていたジョニーは、偶然ガールフレンドのカルメンシータと会ってしまい、彼女も軍へ志願に来たと聞き動揺してしまう。
親友とガールフレンドが同時に軍隊へ志願をする場面に直面したジョニーはとっさに自分も志願に来たと言ってしまい、流されるまま健康診断を受け、入隊宣誓まで済ませてしまう。
ジョニーは戦闘兵科でなければ何でもいいという軽い気持ちで適性試験を受けるが、その結果は希望していた兵科の大半に適性が無いという絶望的なものだった。
こうしてジョニーは希望兵科の最後にオマケで記していた機動歩兵に配属される事となる。
一方、その頃の地球を取り巻く状況は激動していた。地球外への植民の過程で宇宙生命体「アレクニド(蜘蛛のような形状の節足動物型異星生命体)」との接触、対立が起きたことで、地球人類とアレクニドとの戦争が勃発することになり……。
登場人物
- ジュアン・リコ "ジョニー" :主人公。
- カール:ジョニーの親友。志願後は冥王星の軍事研究所に配属されるが……
- カルメンシータ:ジョニーのガールフレンド。軍では第一志望のパイロットに編入される。
- デュボア:ジョニーらが通っていた高校の「歴史と道徳哲学」の教師。退役軍人。
- ズイム軍曹:訓練生時代のジョニーの教官。鬼軍曹としてジョニーを鍛える。
- 少尉どの:中盤でジョニーが配属された隊の小隊長。本名はラスチャック。
- ブラックストーン大尉:終盤で士官候補生となったジョニーが属する大隊の指揮官兼参謀。
- 小隊軍曹:作中終盤におけるジョニーの実戦指揮を補佐する軍曹。その正体は……
- エミリオ・リコ:ジョニーの父親。ジョニーが軍へ入る事に反対していたが……
機動歩兵
本作の世界では陸軍の主戦力である歩兵を指す単語であり、パワードスーツこと「強化服」を着込んでいるため「機動歩兵」と呼ばれている。
歩兵の能力が強化服によって大幅に増強されたため、戦車や戦闘機の役割も歩兵がこなせるようになっている。そのため作品内の「海軍」は宇宙艦艇を運用する軍人達を指し、戦闘機などの「空軍」は全く登場しない。
※主人公ジョニー曰く、戦車の集団を機動歩兵一人で全滅できるほどの戦闘能力差らしい
本作は「人間が乗り込んで戦う人型兵器」の元祖的作品として扱われており、1977年に発売されたハヤカワ文庫版『宇宙の戦士』の挿絵(デザインはスタジオぬえの宮武一貴、作画は加藤直之が担当)に描かれた機動歩兵スーツ(メイン画像)は『機動戦士ガンダム』のモビルスーツのデザインに強い影響を及ぼしたと言われているが、これは日本限定の話であり、アメリカ本国では「戦闘用の宇宙服」といったデザインで挿絵が描かれている(小説中では「巨大な鋼鉄製のゴリラ」と表現される)。
とはいえ『HALO』シリーズなど、本作に強い影響を受けたSF作品は数多い。
ガンダムの元ネタ
「機動戦士ガンダム」の企画当初は「十五少年漂流記」をヒントにした宇宙船での逃避行を題材にする予定だったが、高千穂遙からこの小説を勧められた後に、「あのパワードスーツみたいなメカ(軍用の人型量産兵器)を登場させよう」という方針が決定付けられた。この結果、「ガンダムの誕生に寄与したSF小説」としても知られている。
しかし体罰の肯定や軍隊の理想像、参政権が与えられるべき人間などの政治的な面を子供向けアニメで流すのは流石にマズいと思ったのか、小道具としてパワードスーツが参考にされたくらいの役割である(ガンダムの場合は大型化され、着こむというより乗り込む形式になっている)。
富野監督はこれに不満だったのか、後に劇場公開された「機動戦士ガンダムF91」では本作で語られた国家の理想を悪い方向で真似た「コスモ貴族主義」なるものが登場している。
ノリの良い普通の青年が戦争と直面し、軍曹に鍛えられ、愛機に惚れ込んで、戦争の愚かさを全て理解した後、職業軍人という生き方を選択する、という本筋のストーリーは「機甲戦記ドラグナー」にも似ている。
映像化作品について
後に日本ではアメリカ本国での映像非公開という条件付きで映像化の権利取得に成功し、1988年にOVA作品としてサンライズ&バンダイビジュアルよりリリース(全3巻・計6話)。
1991年初頭にはテレビ東京にて放送されている。
原作の思想的な描写は抑えられ、主人公・リコが母の反対を押し切って地球連邦宇宙軍に入隊し、軍隊内でのしごきや仲間との軋轢、そして親しい人の死を乗り越えて心身ともに成長していくストーリーが描かれた。当時人気があった映画「トップガン」の影響も強い。
なお、1997年に公開されたポール・バーホーベンによる映画版『スターシップ・トゥルーパーズ』は、ストーリー自体は似てるのに「頭の悪そうな戦意高揚プロパガンダ」といった誇張演出が行われ、むしろ軍隊を批判する思想が強く現れている。
俳優の顔を隠してしまう「機動歩兵スーツ」も登場しないが、CGアニメ版は(比較的)原作に忠実で、実写映画三作目においては人型の歩行兵器「マローダー」が登場した。