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東京新聞

とうきょうしんぶん

中日新聞東京本社が発行する新聞。ここでは「関連紙」の東京中日スポーツに関しても述べる。
目次 [非表示]

概要編集

中日新聞関東地方における題号。関東地方は他全国紙の購読率が高いので、それら全国紙に比べればシェアは低いが、中日新聞社が発行する各紙と主要な記事を共有しており、それら全体の発行部数を合計すると、全国紙の毎日新聞日本経済新聞すら上回るレベルである。


歴史編集

直系の前身は、1884年9月に創刊された「今日新聞」という夕刊紙。1888年に朝刊紙に鞍替えし「みやこ新聞」と改名、さらに1889年には「都新聞」と改名している。


都新聞となってからは、元から得意としていた文化芸能記事を充実させ、読者の関心を引き続けた。

だが1942年、政府が定めた「1県1紙制」により国民新聞と合併、これにより東京新聞が誕生した。

合併交渉は難航を極めたが、詳しくはWikipediaの「都新聞」記事、軍部による圧力・そして統合への項目を参照。

なお、これを機に、夕刊紙に再転換した。


戦後も夕刊紙として刊行していたが、1956年3月13日から朝刊を(改めて)設定。しかし拡大策が裏目に出て経営が悪化し、右寄り路線の報道姿勢が住民に受け入れられずに経営が傾き、1961年に株式会社東京新聞社に改称。1963年に中日新聞が経営に参加し、1967年には中日新聞社に事業譲渡し、中日新聞東京本社に移管した。


報道姿勢編集

中日新聞と共通で、政権には批判的な報道姿勢を採っている。ただし、先述のように、右寄りだった時期もあった。


東京新聞独自の特徴として、前身の都新聞からの伝統で文化・芸能記事に強みを持っている。とくにテレビ欄を裏一面ではなく、抜き取れるように中面4ページにわたって掲載されている。


なお毎年4月1日はエイプリルフールにちなみ、本当のような嘘の記事を掲載することがある。


東京中日スポーツ編集

1956年に東京中日新聞として創刊。当時としては異例の、一面にカラー写真を採用していた新聞だった。


1970年に今の名前に改めている。


モータースポーツに強いと言う特徴があるが、それ以外は中日スポーツとほぼ同じである。紙面に「名古屋へ行ったら中日スポーツ」という広告がある(逆に中日スポーツには「東京へ行ったら東京中日スポーツ」という広告がある)。

また、芸能記事・三面記事を、中日スポーツと共有しているほか、西日本スポーツにも紙面共有していた。


中日スポーツと違い、(駅・コンビニ売り分のみではあるが)アダルト面を設定していたが、2010年9月30日付限りで廃止されてしまった。


2025年1月31日付限りで紙媒体での継続を断念(事実上廃刊)、電子版のみに切り替える事を明らかにした。

CM編集

「♪お~風呂でキュッキュッキュッ、東京新聞」

フリーダイヤル「026-999」を「お風呂でキュッキュッキュッ」と呼んだCMが有名。


東京新聞ニュース編集

tvkテレ玉千葉テレビおよび三重テレビCBC北陸3に存在するフジテレビで、1976年から放送されていたテレビニュース番組。

中日新聞東京本社の記者がニュースを読み上げる格好の番組であった。長らくフジテレビのスタジオを借りて収録が行われたが、後に千葉テレビのスタジオでの収録となった。


北陸3県では1992年3月に、tvkとテレ玉と千葉テレビでは2005年3月に、それぞれ終了している。


東京新聞杯編集

JRAのGⅢ競走「東京新聞杯」のスポンサ-になっている。


関連タグ編集

日本の新聞 中日新聞 テレビ神奈川tvk千葉テレビ テレビ埼玉テレ玉群馬テレビ とちぎテレビ


外部リンク編集

※東京中日スポーツの公式サイトは中日スポーツと共用。

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