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西日本新聞

にしにっぽんしんぶん

西日本新聞社が発行するブロック紙。ここでは、「弟分」の西日本スポーツに関しても述べる。
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概要

西日本新聞社の本社がある福岡県を中心に九州7県で広く購読されているが、福岡県以外ではそれぞれの地域の県紙に購読数で圧倒されてしまっている。過去には山口県沖縄県でも購読されていたが山口県では中国新聞とエリアが競合するために2009年3月を以って撤退、沖縄県からも同年に撤退した。
九州のフジテレビ系列各局と結び付きが強く、テレビ・ラジオ欄ではフジテレビ系列局が一番最初に掲載されている。実は、フジテレビの関連新聞である産経新聞は、主義主張がこの西日本新聞とまるっきり逆でありながら、かつては九州総局を、西日本新聞の本社の中に居候していた。

そのルーツは1877年に創刊された「筑紫新聞」。それが1年半で廃刊に追い込まれたことから、その筑紫新聞に関わっていた人物が仕切り直しという形で「めさまし新聞」を立ち上げた。その「めさまし新聞」が「筑紫新報」を経て、1880年に「福岡日日新聞」となった。その福岡日日新聞が、1942年に、当時福岡県のもう一つの新聞であった九州日報を吸収合併する形で誕生させたのが、現在の西日本新聞である。

1950年のシーズンだけだが、プロ野球球団西日本パイレーツを経営していた。

読売新聞との因縁

西日本新聞の直系の前身である福岡日日新聞が吸収合併した九州日報は、実は読売新聞の傘下だった。そのためか、一時期読売新聞と仲がよかった。ところが、読売中興の祖・正力松太郎が、半ば強引な形で九州進出を決めてしまった。それに対し西日本新聞は当然ながら大激怒、読売新聞との絶縁はもちろんのこと、関連会社のテレビ西日本を、読売の息のかかっていた日本テレビの系列局から足を洗わせ、フジテレビ系列にネットチェンジさせたのだった。
なお、福岡県で1番読まれているのはこの西日本新聞だが、2番目は読売新聞であり、実質この2紙がしのぎを削っている状況である。

西日本スポーツ

1955年2月に創刊された。略して「西スポ」。

そのきっかけとなったのは、西日本パイレーツを巡って読売グループからひどい目に遭わされたことだった。「だったら福岡唯一のプロ野球チームとなってしまった西鉄ライオンズ応援する新聞を作ればよかね」という発想で生まれたのが、この西日本スポーツだったのだ。なお、西日本スポーツが創刊されるまで、西日本新聞の販売店では、デイリースポーツを扱っていた。

かくして西鉄(→太平洋クラブ→クラウンライター)ライオンズと共に歩んだ格好の西スポだったが、ライオンズが福岡を去ってからは、プロ野球とは距離を置くようになる。それが解消されたのは、福岡にプロ野球球団が「戻って」来てからである。それが現在の福岡ソフトバンクホークスである。以来、それこそ寝ても覚めてもホークスマンセーをやらかし、他に大事件があろうが、1面はたいていホークスネタを載せている

西日本新聞が中日新聞グループと割と仲がよいため、ホークスネタと中央競馬関連記事以外は中日新聞東京本社(東京中日スポーツ)から、中央競馬関連記事は中日スポーツから、それぞれ恵んでもらっている。ただし、中央競馬関連記事に関しては、かつてはサンケイスポーツ(産経新聞が出しているスポーツ紙)から提供を受けていた。

稲尾和久の代名詞「神様、仏様、稲尾様」の生みの親でもある。

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