死蝋とは、特殊な死体の一つである。
概説
ミイラと並ぶ永久死体の一種。
死体が骨肉を崩壊させる腐敗菌の繁殖を免れ、なおかつ長期間に亘って外気との接触を遮断された状態で生成される。
ミイラとは逆に、湿度の高い場所でのみ成立する現象で、自然界でも泥炭を含む沼底に沈んだ死体が百年以上も後に死蝋化して発見される事例が報告されている。
西洋ではエンバーミングの技術が発達しており、埋葬した墓地の環境次第で遺体が死蝋化し、埋葬直後に近い状態を保っていた事例が幾つも報告されている。
実例
自然界の例としては、1950年にデンマークで発見された紀元前4世紀ごろの男性の遺体「トーロマン」がある。
燃料用の泥炭の中から発見された当初は、あまりの保存状態の良さから殺人事件の可能性さえ懸念され、警察に通報後に考古学者の検分で2000年前の死蝋であると判明した。
残念ながら現在は頭部と指しか残っておらず、ほかの部位は当時の技術で完全に保存するのは困難と判断され、体組成そのまま自然へと還され、遺骨は胴体の復元のために回収された。
また巧妙なエンバーミングにより疑似的な死蝋化を成功させた事例もあり、1920年にイタリアで亡くなった2歳児の少女「ロザリア・ロンバルド」の遺体は、父親の意向で丁重なエンバーミングを施された結果、100年たった現在もなお生前の面影を完璧に残すことに成功している。
ロザリアの亡骸は、今もイタリアのパレルモにあるカプチン・フランシスコ修道会の地下納骨堂(カタコンベ)内にある聖ロザリア礼拝堂に葬られている。
日本でも1999年に江戸時代の女性の死蝋が発見された。
こちらも残念なことに調査過程で乾燥してミイラ化してしまったものの、内臓のほとんどがキレイに残存しており、土壌が酸性で遺体の保存に向かない日本にあって、これほど完璧に残ったミイラは貴重だという。
さらに明治時代の学者福澤諭吉の遺体も、改葬にあたって棺桶を掘り起こしたところ死蝋化していたという。こちらは遺族の希望で改めて火葬された。
呪具としての死蝋
近世まではエンバーミングを悪用し、意図的に死蝋を作る行為が存在したといわれる。
それが罪人の遺体の腕からできる燭台(ろうそく台)「栄光の手」(ハンドオブグローリー)である。
使用方法は、掌を広げて死蝋化した手首の爪先にろうそくを立てる針を埋め込み、腕の根元を燭台に固定してろうそくを立てる。もしくは握り拳に整形して死蝋化させ、拳の上にろうそくを立てる。
使用するろうそくも、罪人の髪と死蝋を材料にしており、ものによっては栄光の手そのものに芯を埋め込んで火を灯したという。
栄光の手は魔術的な効果を持ち、儀式の灯明として用いたほか、泥棒が盗みに入る家の前で使うと家人が眠りについて自身の気配に一切気付かなくなると云われた。