概要
片手に薬壷を持つ特徴的な像容であるため、大日如来と並び仏像の判別がしやすい尊格。
東方浄瑠璃世界(瑠璃光浄土)という仏国土を主宰する仏であり、夜叉集団「十二神将」を従える。
チベット仏教の伝統によると、彼の浄土にはチベット医学を大成した聖仙たちも住まうといい、「第二の薬師仏」と謳われるユトクの伝記にはその様子が描かれる。
薬壷が象徴する病気治しと健康、そして飲み食いに困らないようにする、という、如来部の中でも現世利益が際立つ仏である。
図像表現
薬壺を持った姿はチベット仏教圏や漢字文化圏でも広く見られるものである。パターンとしては左手に持つ形式と、定印(座禅の際にするように両手の平を上にむけて重ねる)の上に置かれている形式が代表的。
ただし、初期の大乗仏典では像容の指定がなかったため、日本においては飛鳥時代(592年~710年)や奈良時代(710年~794年)までの作例では薬壺を持たないことが多い。
例えば法隆寺の像は同寺院の釈迦三尊像の釈迦如来像とポージング(施無畏与願印)から台座のタイプまで全く同じであり、初見で見分けられる人はまずいないだろう。
不空(705年~774年)が翻訳した『薬師如来唸誦儀軌』が伝来することで日本でも薬壺を持った形式が広まった。
『薬師如来唸誦儀軌』での記述では左手に薬器を持ち、右手のほうは「三界印」という薬師仏独特の印相が指定されている。
親指と人差し指を曲げて他の指を伸ばす、という形であるが、全て伸ばし(あるいはゆるやかに曲げ)指先を全て上に向けた施無畏印の形で描写される事が多い。
このほか中指と親指で輪をつくった醍醐寺薬師堂安置像の例もある。「三界印」は親指と人差し指で輪をつくった形をとり、薬壺と組み合わされないパターン(法相宗大本山薬師寺、菩提山龍華寿院正歴寺本尊など)も存在する。
チベットでの作例では左手に薬壺、右手で与願印(掌を上にむけて全ての指を伸ばして下にむける)という組み合わせが多い。
脇侍は日光菩薩と月光菩薩。周囲に十二神将が配置される例もある。
化身(垂迹)とされる存在
大山咋神(山王三所権現・小比叡神)
三嶋大明神(三嶋神社の神)総本社・三嶋大社の現行の主祭神は、大山咋神と事代主だが、本地説が唱えられた当時は前者のみ。