概要
毘沙門天の宮殿において世尊(ブッダ)が那羅延天(ナーラーヤナ、ヴィシュヌのこと)のために説いたという『青頸観自在菩薩心陀羅尼経』等に説かれる尊格。
サンスクリット名は「ニーラカンタ」。「青い首」を意味し、青頸はそれを反映した訳語である。
「ニーラカンタ」とはもともとインド神話における破壊神シヴァの異名の一つで、乳海撹拌においてあらわれたデーヴァとアスラを害する猛毒を飲み干し、その毒で首が青くなった、というエピソードに由来する。
インドの有力神の異名が観自在菩薩の化身として取り入れられたケースとして馬頭観音(ハヤグリーヴァ)と共通する。
図像学的にも蛇を装飾品のように身につけ、虎の皮を腰の下に巻く、というシヴァの特徴を持つ。一方、四本の腕に持つ「杖・蓮華・輪・螺(螺は巻貝を意味する)」という持物は錫杖を棍棒に、ヴィシュヌの持物の基本パターン(棍棒・蓮華・輪・法螺貝)とほぼ一致する。
ヴィシュヌが持つ棍棒の原語はダンダといいい、この語は棒や杖も意味している。げんに作例によっては棍棒そのものの形で描写したものもある(心覚著『別尊雑記』所収の青頸観音図像)。
中央の人の顔を挟んである獅子と猪の顔は、ヴィシュヌの化身であるナラシンハとヴィラーハに対応し、この三つの顔を持つ「ヴァイクンタ・チャトゥルムルティ」という相をヴィシュヌは持っている。
千手観音との関わり
千手観音にまつわる陀羅尼として禅系の宗派でひろく唱えられる「大悲心陀羅尼」およびそのバリエーションが収録されたテキストの一つに『大慈大悲救苦観世音自在王菩薩広大円満無礙自在青頸大悲心陀羅尼』があり、敦煌の遺跡からは『千手を持つ聖青頸観世音菩薩の名を説く陀羅尼』というサンクスリット語とソグド語のテキストも発見されている。前者はタイトルにはないものの本文ではしっかり千手千眼観世音菩薩の名が記されている。
前述の『青頸観自在菩薩心陀羅尼経』も「大悲心陀羅尼」のバリエーションを収録する。
大悲心陀羅尼には「猪の顔を持つ」「獅子の顔を持つ」尊格を讃えるくだりがあり、その持物にふれた部分では「蓮華」「円輪」「法螺貝」「杖」が言及され、まさに青頸観音である。
「杖」を錫杖と解するなら、四つは千手観音の持物リストでカバーされていることになる。
ただし、一般的な十一面千手観音には獅子や猪の顔はない。両サイドの顔が中央の顔と違う様相を持つ三面タイプにおいてもその二つは穏やかな蓮華面、いかめしい金剛面というものでいずれも人間ベースである。
日本において
『法華経』の「観世音菩薩普門品(観音経)」に説かれる観世音菩薩の三十三の示現に着想された三十三観音の一つとして名を連ねている。
観音の三十三身のうち「仏身(仏陀・如来の姿で顕れる変化身)」に割り当てられるという破格の扱いを受けている。
ただし、同じく三十三観音に含まれた白衣観音と異なり、日本では単身での信仰は広がらなかった。
三十三観音の一員としての絵や像では二本腕で白衣をまとうこともある、一般的に「観音様」という語からイメージされる姿で表現される。