概要
六観音(または七観音)とならび著名な変化身。三十三、という数字は『法華経』の第二十五章「観世音菩薩普門品(観音経)」において、観世音菩薩が衆生を救うため、それぞれの相手に合わせて三十三の姿をとる、と記載された事に由来する。
それぞれの姿は仏や声聞といった境地別の聖者、比丘や長者といった社会的身分、大自在天や毘沙門天といった特定の神、天(デーヴァ)や竜(ナーガ)といった種族の形態をとる。
観世音菩薩自身は男性の尊格であるが、このシーンで説かれる変化身には女性の姿も複数含まれている。
そのためか、多羅尊観音(ターラー、多羅菩薩)や白衣観音(パーンダラヴァーシニー、白衣母)のように女性の尊格である変化身も含まれる。
三十三観音のうち、十九の姿は『法華経』における三十三身の一つから三つとの対応関係を持つ。
法華経での三十三応現身
- 仏身:如来、仏陀。仏の姿をとれる事じたいが観音が実は既に仏である現れとする説もある。
- 辟支仏身:縁覚、独覚とも。師につくことなく悟りに至るが、自らも教えを説く事無く生きる。
- 声聞身:文字通りブッダの声を聞いた者、という意味。釈迦の十大弟子も該当するが、大乗仏教では菩薩より劣るとされる。
- 梵王身:梵天。以下の「天」と呼ばれる神は、大乗仏教では同じ名の存在が複数存在する。
- 帝釈身:帝釈天。
- 自在天身:自在天。
- 大自在天身:大自在天。 高位の自在天、あるいはマヘーシュヴァラ(シヴァ)。
- 天大将軍身:帝釈天や毘沙門天を除く天部の大将軍、という意味か。この場合韋駄天などが該当する。
- 毘沙門身:毘沙門天。
- 小王身
- 長者身
- 居士身:在家の仏教修行者。
- 宰官身
- 婆羅門身:ブラーフマナまたはバラモン。四カーストで最上の祭司階級。
- 比丘身:男性の仏僧のこと。
- 比丘尼身:女性の仏僧、尼のこと。
- 優婆塞身:男性の在家信者。
- 優婆夷身:女性の在家信者。
- 長者婦女身
- 居士婦女身
- 宰官婦女身
- 婆羅門婦女身
- 童男身
- 童女身
- 天身:デーヴァ。
- 竜身:ナーガ。
- 夜叉身:ヤクシャ。毘沙門天の同族で木や森と縁のある鬼神種族。
- 乾闥婆身:ガンダルヴァ。帝釈天に仕える音楽神の種族。
- 阿修羅身:アスラ。闘争的性質の強い神々。
- 迦楼羅身:ガルーダ。インド神話側ではヴィシュヌが乗る一人だけだが、大乗仏教においては種族名であり、複数人存在する。
- 緊那羅身:キンナラ。クベーラに仕える音楽神。ガンダルヴァ同様半神半獣の民。
- 摩睺羅迦身:マホーラガ。蛇頭の音楽神種族。蛇の冠をした人間の姿なこともある。
- 執金剛身 :執金剛神。ヴァジュラパーニ。金剛力士、仁王とも。武器を持ち筋骨隆々たる肉体の護法神。
三十三観音
- 楊柳観音
枝垂れ柳の枝を持つ姿。
- 龍頭観音
天身、竜身、夜叉身に対応。人間の頭を持つが、後光の後ろから龍の尾が出ているのが見える。雲をまとった東洋龍に騎乗する。
- 持経観音
『観音経』での声聞身に対応するとされる。手にお経の巻物を持つ。
- 円光観音
両手は合掌している、背後からは阿弥陀如来のそれのように放射状に後光がさしている。
- 遊戯観音
如意輪観音のように片膝をたてたラフなポーズ。腕の数は二本である点が異なる。
- 白衣観音
三十三観音の中でも特に有名な変化身。白衣は在家の修行者の衣でもある。元は女性尊だが、比丘身と比丘尼身双方に対応。
- 蓮臥観音
『観音経』の小王身に対応。蓮の上に座り、別の蓮のある水中に向かって合掌している。仏像、仏画は三十三観音のうち唯一「あっち側」を向いた姿で造形される。
- 滝見観音
水面から出た巌の上に座り、傍らに落ちる滝を眺める姿。
- 施薬観音
右の掌を頬にあて、水辺から蓮華をみつめる姿。
- 魚籃観音
魚籃(ぎょらん)とは魚を入れる篭のこと。魚に乗っていることもある。
- 徳王観音
梵王身と対応する。実をつける茎の長い植物を持っている。
- 水月観音
辟支身と対応する。水に浮かぶ巨大な蓮の花びらに乗り、夜空の月が水面に映る情景の中で足って合掌している。
- 一葉観音
宰官身と対応する。巨大な蓮の葉の上に座す観音。伝承によると宋への船旅で病気になった道元を治したり海難から守ったりしたという。
- 青頸観音
インド由来の姿。萎れた草が入った瓶を脇に置いている。シヴァ神が龍王の毒を飲み干し首が青くなった説話が取り入れられたもの。大自在天身ではなく仏身に対応する。
- 威徳観音
天大将軍身に対応するが、手に持つのは武器ではなく花である。
- 延命観音
岩に肘をつき、そちらの手のひらを頬にあてている。
- 衆宝観音
長者身と対応する。片足をつき、もう一方は前になげだすという遊戯観音よりも更にリラックスしたポーズ。
- 岩戸観音
水月観音同様情景とセットな姿。岩戸の中で座し、両手を定印のかたちにして瞑想している。
- 能静観音
岩の上に両手をおろし、肘から先を伏せている。ロケーションは海辺である。
- 阿耨観音
滝見観音同様滝を眺める姿。足場は岩のようにゴツゴツしてはおらず、平坦な水辺といったところ。
- 阿摩堤観音
毘沙門身に対応。白獅子に騎乗するか、断崖で座した姿の観音。両手を軽く重ねてひざに置くか、摩羯魚と吉祥果を持つ姿で描かれる。
- 葉衣観音
帝釈身と対応。両手を組んで磐の上に座している。
- 瑠璃観音
自在天身と対応。水に浮かぶ蓮華の花弁の上に立ち、両手で瑠璃の香炉を持つ。
- 多羅尊観音
多羅菩薩(ターラー)が変化身として取り入れられた姿。雲の上に立ち、右手をおなかにあてている。
- 蛤蜊観音
蛤蜊は「こうり」と読む。ハマグリの上に座すという他に類をみない姿。
- 六時観音
居士身に対応。六時とはかつて一日を六つの時間帯に区切った事に由来する名。冊子状のお経「梵篋(経冊)」を持つ事から梵篋観音とも呼ばれる。
- 普悲観音
大自在天身と対応。両手を衣の長い袖の中にしまっている。
- 馬郎婦観音
婦女身と対応。羽衣をまとう上流階級の女性のような姿。
- 合掌観音
婆羅門身に対応。一般的な仏像でもよくみられる蓮の台(うてな)の上に立ち合掌している。
- 一如観音
雲上の蓮の台に座し、かたひざを立て、建てた膝を両手で抑えている。
- 不二観音
執金剛身に対応。円形の蓮の葉の上に立ち、両手を下向きにして軽く組むように重ねている。
- 持蓮観音
童男身と童女身に対応。背格好がやや低く、手に持つ蓮華が大きく見える。
- 灑水観音
清めに使う水を入れる「灑水器(しゃすいき)」を左手に、その水を撒くための散杖(さんじょう)を右手に持って立っている。
『東洋画題綜覧』での対応
三十三身と三十三観音については、一般的な説においては対応しない空白部分がみられるが、金井紫雲(大正時代から昭和時代に活動した新聞記者、美術記者)により編纂され、昭和16年から18年にかけて刊行された『東洋画題綜覧』においては全員との対応関係が記されている。
変化身 | 変化観音 | 変化身 | 変化観音 | 変化身 | 変化観音 |
---|---|---|---|---|---|
仏身 | 楊柳観音 | 居士身 | 水月観音 | 竜身 | 瑠璃観音 |
辟支仏身 | 竜頭観音 | 宰官身 | 一葉観音 | 夜叉身 | 多羅尊観音 |
声聞身 | 持経観音 | 婆羅門身 | 青頭観音 | 乾闥婆身 | 蛤蜊観音 |
梵王身 | 円光観音 | 比丘身 | 威徳観音 | 阿修羅身 | 六時観音 |
帝釈身 | 遊戯観音 | 比丘尼身 | 延命観音 | 迦楼羅身 | 普悲観音 |
自在天身 | 白衣観音 | 優婆塞身 | 衆宝観音 | 緊那羅身 | 馬郎婦観音 |
大自在天身 | 蓮臥観音 | 優婆夷身 | 岩戸観音 | 摩睺羅伽身 | 合掌観音 |
天大将軍身 | 滝見観音 | 婦女身 | 能静観音 | 人身 | 一如観音 |
毘沙門身 | 施楽観音 | 童男身 | 阿褥観音 | 非人身 | 不二観音 |
小王身 | 魚籃観音 | 童女身 | 阿摩提観音 | 執金剛身 | 持蓮観音 |
長者身 | 徳王観音 | 天身 | 葉衣観音 | 菩薩身 | 灑水観音 |
『東洋画題綜覧』における対応関係においては、法華経における三十三身リストと異なる点がある。
(変化観音の名前について青頸観音、施薬観音が『東洋画題綜覧』では青頭観音、施楽観音と入れ替わっているが、こちらは同一尊格の別名)
法華経における長者婦女、居士婦女身、宰官婦女身、婆羅門婦女身が統合されて「婦女身」になり、そのぶん減った三身に「人身」「非人身」「菩薩身」が追加されている。