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6750系

ろくせんななひゃくごじゅっけい

名古屋鉄道が保有していた通勤電車
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名鉄瀬戸線では架線電圧を従来の600Vから1500Vに昇圧した際に新造車の6600系、本線系統の中古車である3770系や3780系を運用していたが、3770系や3780系は所謂HL車と呼ばれる車両で性能が低く、ラッシュ時の定時運転に支障をきたしていた。3770系には冷房装置が無く、旅客サービス面で問題視され、3780系は冷房を搭載していたが、冷房装置と大出力の補助電源で重量が嵩んで元々低い性能に拍車をかけて遅延が多発し、冷房と定時運行のどちらかを捨てざるを得ない二律背反の状態だった。しかし新造車両をすぐに用意できるほどの余裕は名鉄にはなく、当時廃車の進んでいた3900系などのAL車の機器を流用して車体を新造する方式で車両の更新を行おうとした。
そこで登場したのがこの6750系である。大手私鉄で最後まで在籍していた「大型車」の吊り掛け駆動車である。

※762mm軌間の近畿日本鉄道260系が大手私鉄最後の吊り掛け車。2015年に路線が四日市あすなろう鉄道に移管されたため、大手私鉄から吊り掛け駆動の車両はいなくなった形に。なお、260系車両自体は現役。

第1次車

メインイラストの車両。1986年に竣工し2両編成2本が在籍した。車体は扉や窓配置が6600系に準じており座席はロングシート。ただし6600系と異なり先頭部のスカートが省略されている他、冷房装置が6600系のTAC-15T2形(7000系パノラマカー廃車発生品)ではなく、能力10500kcal/hの集約分散式を2基搭載している。なお6000系と異なり熱交換器を搭載しなかったために夏場は朝夕のラッシュのみの運用とされることが多かった。

台車は3900系より流用したFS16ペデスタル式コイルバネ台車で歯車比、限流値を変更。起動加速度は定員乗車時で1.6km/h/sである。

コンプレッサーや冷房電源などを供給する補助電源装置はSIVを新規に製造した。基本的に2両編成2本を連結した4両固定編成で運用されることが多く、列車無線アンテナは4両編成時に両端に出る車両にしか積まれていなかった。

登場時は6650系を名乗っていたが、2次車の登場に合わせて6750系に改称された。車番はそのままである。

第2次車

名鉄6750 2次車


1990年6月竣工。車体デザインは大きく変わり6500系金魚鉢タイプをベースに、車両先頭部への貫通扉の設置、側面窓は連窓風にするなど現代的にリファインした。4両固定編成5本。
当初から4両固定編成で登場し、2両目と3両目の間には中間運転台を設け、連結器も棒連結器ではなく密着自動連結器だった。旧喜多山検車区は構内が狭く、2両に分割して構内を移動することに配慮したためだが、喜多山検車区が廃止されたことで中間運転台は使われなくなり、連結器も棒連結器に交換された。

冷房装置も1次車では能力不足で不評だったことから3基搭載に変更した。

台車は3850系・3900系・3400系サ2450形のものを流用。栄町寄り先頭車のク6650がFSペデスタル式のFS13、その他はゲルリッツ式のFS107、あるいは3780系の廃車発生品流用のペデスタル式のFS35を装着する。

1次車と大きく異るポイントとしては将来的には吊り掛け駆動の足回りから電磁直通ブレーキ、カルダン駆動への改造を考慮していた点であるが、結局足回りの改造は行われず、最期まで吊り掛け駆動のままだった。
なお、在籍中に1000系パノラマスーパー全車特別車が2008年に廃車されたが、足回りは2代目5000系の新造車体との組合せとなった。

運用と全廃

瀬戸線で普通列車から急行列車まで幅広く運用され、大手私鉄の大型車では最後の存在である吊り掛け駆動車として鉄道ファンからの人気も高かったが、機器の老朽化などから後継車である4000系の投入により先行して廃車が進み、2011年3月までに引退となった。
なお2次車の車体その物は6600系や6000系よりも新しかったが、尾張旭検車区に本格的な塗装設備がなかったことなどから全て解体処分となった。(住宅地近接地であるため、喜多山から車両基地が移転した後は瀬戸線の塗装車両は環境負荷の低い水性塗料で車体を塗装するようになっており、より耐水性の高い油性塗料で塗る必要のある台車など重要部品は舞木検査場へ輸送して修繕・塗装していた。車体がステンレスである現在の瀬戸線車両においても、台車は塗装が要るため同様の措置が取られている)

走行音

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